楢山節考

6月3日(木)

ようやく、今の時期らしい晴天、ほどよい暑さの一日となりました。

ごぼうの草取り。ヤーコン間引き。出荷の準備。畦草刈り。トマト誘引。鶏の餌まぜ。耕運機から代掻き車輪をはずして、普通のタイヤに交換。里芋の中耕、土寄せ。などなど。いろんな作業が、とにかくちょこちょことあります。

植え付けや種まきなどの仕事もだいたい落ち着きました。あとは、来週の前半か半ばに玉ねぎの収穫を終わらせれば、大仕事も終わりです。梅雨に入ってしまえば、ちょっと一息つけます。あとは、梅雨明けの収穫の良し悪しを決めるのは、植えた野菜の細かい管理をどれだけできるかが勝負になります。芽かき、誘引、追肥、灌水、大雨対策、草取り、などなど。やればやるほど成果があがるこの手の仕事は、先手先手でこなしていければ、とてもよい気分になります。

今日の作業のように、ちょこちょこと終わらせなくてはいけない仕事が無数に沸いてくるので、時折その量に負けてめげそうになります。後手後手になると、ますますいやな気持ちになってしまいます。先手先手でいくこつは、開き直りだと思います。

「もう、どこまでちょこちょこと数をこなせるか、量をこなせるか、やったるぞ」とか「めんどくさいという気持ちがわいてきたら、それを無理やり(笑)消し去ってしまうこと」が大事なように思います。その、コツコツ、チョコチョコさえ苦にしなければ、資金なしの新規就農でも、地道に少量多品目でいけば、とりあえずはまあなんとかなることもあるのだなあ、と痛感しております。

というわけで、

100603キュウリ

今年は、キューリの調子がよいです。一枚の畑のなかでもいろいろ癖はあるようで、今年の夏のキューリの場所は、ウリ科に合う土のようです。

雌花。

100603キュウリ雌花

2回目のキュウリの支柱にする竹の切り出し。この手の仕事は、なんだか気持ちがよくて好きです。

100603竹

何ハムシだろ?どなたか教えてください。体長5mmほど。何せ、ハムシは日本で500種。調べるのも一苦労です(笑)。

100601ハムシ
 
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後日加筆。

ハムシではなく、ヨツボシテントウムシダマシでした。畑の腐った野菜の下などに住み、幼虫は菌類を食べるそうです。いやー、わかってすっきりです(笑)。

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さて。

DVDで「楢山節考」を見ました。

100603楢山節考

姥捨て山の話をモチーフにした深沢七郎の小説を、今村昌平監督が映画化したものです。カンヌのパルムドール受賞作品です。坂本スミ子、緒方拳、あき竹城、左とん平らの熱演に圧倒されました。

学生時代に見て、ものすごく衝撃を受けたことだけは覚えていました。細かいストーリーは忘れてしまっていたのですが、「もう一回みてみよう」と思い立ち、ツタヤのオンラインで予約していました。

そして、また、衝撃。

人口調整としての間引き、子殺し。姥捨て。その掟に凛として従う者と、恐怖におののき拒む者。結婚が出来るのは長男だけという因習。それにともなう次男三男の行き場のない性。村の閉じた社会の中で生きる息苦しさ。掟を破った者に対する残忍な懲罰。ここまでストレートに描く必要があるのか!?と目を覆いたくなるほどの生と性の描写の連続。

そして、与えられた生の中で、人々が必死に生きているからこそ滲み出てくる滑稽さ。潔さ。美しさ。背景にある山々の景色の神々しさ。

おそらく、100年か200年前の日本では、よくある農村の姿だったのでしょう。そう思うと、「今の時代に生まれてよかった」という気持ちと「はたして、この時代の人ほどに、今の自分は『生きて』いるのだろうか」という気持ちが生まれてきます。

なんというか、去年「ヤノマミ」を見たときに感じたような「何か」に心を揺さぶられたような気分です。

100603ヤノマミ

ヤノマミ 国分拓著 NHK出版

も先日読みました。近代化、文明化の大きな波は誰にも止めようがないようです。今、この地球上から、「何か」が消えて亡くなろうとしています。その「何か」は、ヒューマニズムの観点からはとても醜くおぞましいものです。でも、人が人である前に「生きものの一種。自然の一部。」であることを忘れては駄目だぞ、という強烈なメッセージを我々に与えてくれます。

その「何か」がもし消えてしまった世の中を想像すると、肌寒いものを感じてしまいます。今の日本の世の中で多くの人が感じている「生きにくさ」を突き破るヒントとなるものを、その「何か」が伝えてくれるような気がするのは僕だけでしょうか。

しっかりと『生きた』者にしか分からない「何か」があるのなら、できればそれを味わってみたいものです。でもまあ、こういうときに極端なことを考えるとろくなことはないので、淡々ぼちぼち、でいかないとね。足元の出来ることから。バランス、バランス。

というわけで、明日も目の前の畑仕事をやるのみです。

うーん、それにしても、夜更かししてしまった。恐るべし、レンタルDVD!(笑)。


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2010年06月03日 映画 トラックバック:0 コメント:0

いのちの食べ方

昨日は久しぶりのまとまった雨、今日は雨上がりの晴天となりました。

いのちの食べ方」という映画を観てきました。

著作権のからみで、upしていいかどうかわかんないですけど、まあいいや(笑)
チラシはこんな感じです。写真をクリックすると拡大します。

0227tirasi.jpg


音楽もなく、字幕もなく、ただ淡々と流れる食べ物の生産現場の映像。時に美しく、時に生々しく、凛とした映像が流れ続けます。

食べ物の生産現場と、食卓が、いかに離れてしまったか。食べ物とはなにか、いのちとは何か、考えるテーマを与えてくれるドキュメンタリーです。

想像力をどこまで広げられるか。食卓を前にして、一度考えてみたいものです。

あたりまえのことだけど、いつも食べている豚肉も、誰かが育てて、誰かが殺して、誰かがさばいて、誰かが運んでいます。

豚を育てる農家。餌となるとうもろこしを育てる農家。とうもろこしを仲介する商社、運ぶ海運業者。その船にのる船員。ある船員は新婚で、船の上で、子供の誕生の無事を祈っているのかもしれない。

豚を屠場へ運ぶ業者。敷き藁を集める業者。敷き藁を生産する農家。屠場で働く職人。ある人は、高度な技術を要するだろうし、ある人は単純作業だろう。ある職人はその腕を磨くことに誇りをかけているだろうし、ある労働者は生活のためにいやいや働いていることだろう。彼の子供は、親の仕事のことでいじめられているかもしれない。

枝肉を持ち帰る卸業者。カットする職人。最終的に、スーパーでパック詰めされ、陳列される。トレイを作る業者の人も、原油高であえいでいるのだろう。やはり中国産かな?中国のどのあたりで作られているのだろうか。パートのおばちゃんには子供が何人いるのだろうか。彼らは、日本にどんな感情を抱いているのだろうか。ひょっとしたら、彼らのひいおじいちゃんは、日本人に殺されたのかも知れない。

ああ、また脱線、妄想(笑)

とにかく、面白い映画でした。お勧めです。

映画館のある、熊本市の中心部から阿蘇の家まで車で1時間強。なのに、阿蘇にきて1年で、訪れたのは初めてのこと。せっかくなので熊本城見学。

天守閣の補修工事中でした。

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くすのきの大木です。常緑樹は冬に映えますね。

0227kusunoki.jpg

2008年02月27日 映画 トラックバック:0 コメント:2

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