淡淡と

1月30日(金)

生暖かい雨が降り続けています。
なんだかやっぱり変な天気が続いていると言えるようです。

今日は、ぼかしの仕込みをしました。
米ぬか、鶏糞、おから、ふすまを混ぜ合わせて水を加えて発酵させて、肥料とします。手作業なので、なかなかいい運動です。

これもまたいつものパターンで、いかに経費をかけずに質のよい材料を手に入れて、質の良いものをつくるか、ということに神経を使っています。それも、なるべく身の回りにある素材をうまく活用できればなお素敵です。農場内で循環できれば、もっと素敵です。
今回の材料は、全部自分のところから出るものと、ご近所さんからの頂き物です。バランスを考えると、もうちょっと米ぬかを入れたかったけど、手持ちの材料ですませました。
あんまちケチって質を落としてもだめですが、採算を度外視してもしょうがないです。でも、何かを頂く際には、取りに伺って袋詰めをしたりするのにすごく時間がかかることも多々あります。買ったほうがいいのでは、ということもあります。
とにかく、肥料作りひとつとっても、中庸、バランス、が大事ですねえ。そして、そこがまた頭を使うところでもあり、腕の見せ所でもあり(笑)、面白いところです。

昨日踏み込んだ温床も、じわじわと熱がでてきました。

あとは、春野菜の畑の準備をすすめていけば、作業は間にあっている状態と言えそうです。

出荷も、ぼちぼち順調です。

ジャガイモ、里芋、サツマイモ、人参、ネギ、白菜かキャベツ、大根かカブ、みぶなやターツァイやほうれん草などの菜っ葉が2種類ほど。それに卵。という中身で2月いっぱいはいけそうです。出せるものがなくなってきたら、ヤーコンと山芋を入れて参ります。3月の中旬位までは出荷できそうです。

淡淡と、日々が流れてゆきます。


熊本平野に雲海がかかっていました。奥の山は有明海の向こうの雲仙です。

090130熊本平野雲海2

毎度の事ながら、うーん、曇った日には、きれいな写真はなかなかとれませんなあ(笑)


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例によって唐突ですが、本を読んでいて、目からうろこの文章があったので引用、紹介いたします。

自給再考 山崎農業研究所・編 農山漁村文化協会・発行
結城登美雄氏の文(95P)より要約・引用

日本のカロリーベースの食料自給率は39%。そして、農業従事者は、312万人、漁業従事者は21万人。万人。足して、333万人。人口比率でいうと、2,6パーセント。わずか3%弱の人が、残りの97%の人を懸命に支えている。そして、農業者の45%は、75歳以上である。60代の人も23%いる。日本人の食料は高齢者によってかろうじて支えられているという事実に向かい合わないといけない。(平成19年2月現在)

という数字をふまえた上で、結城氏はこう書いています。

作家で翻訳家の池田香代子さんの著書「世界がもし100人の村だったら」を借りて言うならば、100人の日本という村は、3人の人々が懸命に土を耕し種をまき、草を払って支柱を立て、収穫にいそしんでいる。海では原油高の中を舟を沖へと向かわせて網を入れ、それを引き上げて港に帰ってくる。手にする収入は悲しいほどに少なく空しさをかみ殺している。(中略)
しかも3人の食の担い手のうち、1人は60歳代で、もう1人は既に70歳をこえている。むろん人には体力の衰えがあり寿命がある。このままいけば10年後の日本村の食卓は老農1人が99人の食卓を支えるという異常な村になりかねない。(中略)食を支える人が消えていく日本。それこそが真の食糧危機である。



とてもリアルな表現です。

課題は山積みです。なかなか大変な時代です。でも、だからこそ面白いともいえます。いい時代に生まれてきたなあ、とも思います。

そうそう、明日とは、「明るい日」と書きます。まあ、なんとかなるでしょ!


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2009年01月30日 日々の暮らし トラックバック:0 コメント:0

自己満足

1月25日(日)

今日も、寒い一日でした。

最近は、朝の冷え込みは弱いのですが、日中の気温が上がらないので寒いです。朝はマイナス3度から5度くらい。日中は、最高気温で2度前後です。

何が寒いかというと、部屋の中が寒いです。古い家は、断熱が無さすぎですね。寒い朝は、台所においていた濡れ雑巾がしっかり凍ってます。部屋の中で氷点下はきついなあ(笑)

昨日は、阿蘇の山奥のメリーモントファームへ遊びに行きました。
素敵なファミリーです。
セルフビルドの家作りが始まっています。個性的な人がいっぱい近くにいるのも阿蘇の魅力です。

090124メリーモント

祖母山がきれいでした。ほんのうっすらと雪化粧です。

090124祖母山2

雪の中のわらこづみも風情がありますなあ。

090125雪中わらこづみ2

もうそろそろ春野菜の種まきのスタートです。
今日は、踏み込み温床の枠作り。
090125温床

この中に、落ち葉や米ぬかや鶏糞を入れて、踏み込んで熱をだします。その熱のおかげで、種が芽をだす、という訳です。伝統的な知恵と技は、シンプルで美しいです。
思っていたより短時間で終わらせることができました。研修時代から数えると、温床作りも4回目。おお、なんやかんやでけっこう慣れてきたなあ、手抜きのポイントもわかってきたなあ、と自己満足でした(笑)。

2009年01月25日 日々の暮らし トラックバック:0 コメント:0

自問自答

1月22日(木)

なま暖かい雨が降り続いた一日でした。
なんだか変な感じ。大寒なのに。

でも、雨が上がればまた寒くなるみたいです。

出荷準備の光景。
きちんとした出荷作業スペースを作っておらず、縁側でやってます(笑)

090122出荷準備

サツマイモ。

090119.jpg

寒さに弱いので、深く穴を掘って土中に埋めています。ひとコンテナずつほりあげて、出荷しています。保存に必要な温度はばっちりなようですが、湿度が高すぎるのか、かなり芽が伸びてます。
伸びすぎ!(笑)

芽を掻いて味見をしたら、まあ問題なしでした。
でも、一度全部チェックして、もうすこし丁寧に雨よけしなおしたほうがよさそうです。なにせサツマイモは春まで保存がきくありがたい存在。ないがしろにはできません。

最近、変な物欲が湧いてきて、買い物マニアと化しています(笑)

ちりとてちんDVD-BOX(1/3巻のみ。全部は高くて買えないのでとりあえず)
圧力鍋(安いもの。念願の玄米生活スタート)
20kgはかり(オークションでget!これで収穫や餌混ぜが楽になりました)

そして、、、

090122ファーブル

顕微鏡も買ってしまいました(笑)
ニコンのファーブルという商品。逸品です。屋外でも使えます。プレパラートも要りません。畑で気になる虫も、さっと気軽に見ることができます。20倍という程よい倍率。
どうせ農繁期には遠くにでかけるということもなかなか出来ません。だったら、遠くのものではなく、本当に足元のものをどれだけ深く見ることができるのか、という発想で楽しもうと思ってます。

ためしに、もちに生えてしまったカビとか(笑)越冬中の蝶々の蛹とか、自分の指とかを見て、「ホォー」と思わずひとりでつぶやいてしまいました(笑)




1月は、友人知人に会いにいったり、本を読んだりすることに多くの時間を使っています。そういう時間の中で、いい刺激をうけたり、楽しいアイデアが浮かんできます。そして、夏の農繁期をなんとか乗り切ることができるのかな、と感じています。とてもとても、大切な時間です。

でも、そろそろ春夏野菜の準備の時期です。
最初の種まきまであとわずか。2月の頭には、レタスやブロッコリの播種の予定です。それまでに、温床をつくらないと・・・。そして、お恥ずかしいことに、去年の夏野菜の畑の片付けもまだ終わっておらず、かるーくあせってきました。はやいとこ片付けて、堆肥をまいて、耕さないと。ぼかし肥の仕込やら、玉ねぎの追肥。あっ、田んぼも耕しとかないと。確定申告も近いなあ。
とまあ、なんだかんだで慌ただしいです。

今の時期にやるべきことをやっておかないと、あとから響いてきます。収量も落ちます。
でも、一番時間に余裕のある今の時期くらいは、心身のリフレッシュをしないと、あとが持たないというのも確かなこと。ガンガン働いてもいいけど、「敢えて」まだあと少しはゆったりとしようと思います。

でも、押さえなくちゃいかんところは押さえる。何事も中庸、バランス。そのあたりの勘所が、毎日毎日自問自答の繰り返しで、とても面白いです。これが自営業の醍醐味なんだろうなあ、と感じる今日この頃です。

2009年01月22日 日々の暮らし トラックバック:0 コメント:0

レオさんとエナガ

1月15日(木)

家の前の眺め。

手前の畑はお隣のおじいちゃんの畑。奥のハウスが僕の育苗ハウス。右手のハウスは、にわとりハウスです。一本の柿の木が見えます。

090115柿の木

冬は、野鳥観察のシーズン。葉っぱが落ちて、鳥がよく見えます。

エナガの群れも里に下りてきました。柿の木の枝の皮をはいで、中にいる虫を探しています。

尻尾がキュートです。

090115エナガお尻

せっかくジョウビタキを捕まえたのに、飼い主からとりあげられた悔しさなのかな。
どう考えても無理だと思うのですが、エナガを捕まえるつもりで、木登りレオさんです。けっこうマジ顔に見えます。お前、それはちょっと無理だろ、さすがに(笑)

090115レオさん

鶏ハウス。

090115鶏ハウス

今の時期は、青草がないので、白菜やキャベツの外っ葉をあげています。
それにしてもよく食べる。食いすぎ!

090115りょくじ

2009年01月16日 にわとり トラックバック:0 コメント:1

レオさんとジョウビタキ

1月13日(火)

寒い日が続いています。

でも、出荷できる野菜は充実の時期です。

ジャガイモ、里芋、人参、大根、白菜、カブ、ネギ、ほうれん草、ターツァイ、みぶな、キャベツ、チンゲン菜、小松菜、カボチャ、トウガン、卵。

なかなかいい感じです。2月いっぱいは、種類もたくさんありそうです。


今日の一枚。

090113ジョウビタキ♂

レオさんが、突然騒ぎ出しました。
何事かと思ってみてみると、ジョウビタキをくわえていました。

日本で冬を越すために、シベリアから飛んできたジョウビタキさん。

この小さな体で何千キロも渡ってきて、その末に、

レオさんに捕まってしまうとは!

とりあえず、逃がしてあげました。その前に記念撮影(笑)

もう、捕まるなよー。

2009年01月13日 日々の暮らし トラックバック:0 コメント:2

冬虫夏草

1月11日(日)

昨日は、最高気温が0度の真冬日でした。
今日も、最高気温は4度くらいでした。寒い!

友人が、「冬虫夏草があったよ」と教えてくれました。

かなりいい加減な知識でもうしわけないのですが、一応うんちくを書きます(笑)

冬虫夏草とは、昆虫やクモなどから現れるきのこの総称をいいます。菌が虫の体に寄生して養分を得て、きのこ(子実体)を出すのです。ちなみにきのこを出さない菌もあるそうです。クモに寄生する菌、セミに寄生する菌、などなど、その種類は日本国内で250種類にのぼるとのことです。

ちなみに厳密にいえば、コウモリ蛾という蛾の幼虫に寄生する菌から伸びるキノコのことをいうそうです。もともとはチベットの特産品だったものが中国宮廷に珍重され、今では日本でも漢方薬として有名です。


さて、見にいってみると、

おっ、いたいた。タラの木にいました。
タラの木の「害虫」、センノカミキリ、だと思います。

090111カミキリ8

冬の寒空の下、カミキリムシがこんなふうにいるのは確かにへんな光景ですなあ。

090111カミキリ7

よく見ると、菌糸らしきものが目に付きます。
いま、体内で菌糸がカミキリムシの体を分解してるんだろうなあ。

090111菌糸

こうやって、土に還るのだね。いやー、なんだかすごいや。

ちょくちょく様子をみにいくことにします。
暖かくなれば、キノコが見られるかなあ。楽しみです。


阿蘇南郷谷の冬晴れ。寒い!

090111南郷谷

2009年01月11日 昆虫 トラックバック:0 コメント:2

平和な一日

1月9日(金)

今週は、出荷が多く、11箱を作り、宅急便でだしたり、配達したり・・・。
慌ただしかったですが、可もなく不可もなく、まあ、平和な一日でした。

いつも、街に下りるついでに、スーパーでダンボールをもらったり、図書館にいったり、銀行にいったり、ホームセンターにいったりしています。

以前は、いつ行ってもても大量にgetできたダンボールですが、最近はタイミングをみはからわないと、同じように大量にダンボールを必要としている八百屋さん(?)とかちあってしまいます。せっかくとりにいったのに、全然ない、ということもあります。景気悪化の波がこんなところにもきてるのかなあ、と感じます。なにせ以前は、中古のダンボールのほうが新品より高かったとか。ましてやスーパーにあるものなども、野菜を一回入れただけのほとんど新品なのに、以前はわざわざ回収して使う人も少なかっただろうに、時代の波ですかね。でも、健全な時代になってきたともいえるのかな。

八百屋さんがくるのは、大体12時半ごろ。なので、12時にはスーパーにいかないと、また負けてしまう!というわけで、宅急便の用意をした後、大慌てで家を出ました。おかげで、ダンボールは大量に入手できましたが、図書館のカードを忘れてショック。。。悔しいので、いろいろ読みたい本をリクエストしてきました。楽しみです。

明日からまたかなり冷えるようです。
むちゃくちゃに冷えて、菜っ葉が凍みてしまわないように、願うばかりです。

さて、

ネギを収穫中に、起こしてしまいました。冬眠中にごめん!

090109カエル

三つ子キャベツ。

090109四季どり

夏の植え付け直後に虫に芯を食われました。その後、脇芽が伸びて、こうなりました。小玉ですが、寒さに耐えて育ったので、すごく甘いです。

090109れおさん

レオさんは、今日も幸せそうでした。
顔は、朝青龍に似ていますが、性格はいたって小心者です。飼い主にそっくりです(笑)

2009年01月09日 田畑 トラックバック:0 コメント:0

うーん、長い!

1月5日(月)


唐突ですが、本の紹介です。

07220.jpg

サバイバル登山家 服部文祥著 みすず書房

表紙の写真からしてすごいです。岩魚の皮を、歯を使ってはいでいます。ぎょろりと光る著者の目。

著者は、食料をほとんど持たずに、岩魚や山菜などを現地調達しながら、深い山を幾日も幾日も歩き続ける「サバイバル登山」を実践している服部文祥さんという方です。

テントも持たない、ヘッドランプも持たない、ラジオも持たない。日が暮れる前には川原でタープを張り、どんな豪雨の中でも火を起こす。そして、釣った岩魚や捕ったカエルをさばき、翌日の行動食のために燻製にする。またある時は想像を絶するような豪雪の北アルプス山中を駆け巡る。

そこに流れているのは、「自然とフェアに向かい合いたい。とてつもなく大きな自然という存在、事実のなかで、生きていこうとする自分の意思を感じたい」という強烈な思いです。

ひとり渓谷の中で、猛烈な台風の雨にさらされ、増水する水への恐怖を感じながら、服部さんは思うのです。「いま、俺と同じように、熊もじっとこの嵐をたえているんだろうなあ」と。

序文で、世界でも屈指のアルピニスト山野井泰史さんが書いています。
「この本を読むと、人間もあくまでも動物の一員であるというあたりまえの事実を思い知らされるにちがいない。」

文明社会の恩恵にどっぷりと浸かっている僕ですが、服部さんの思想に、強く同感し、憧れます。

昔は、生きていくこと自体が、自然と向かい合うことだったはずです。

人間以外の、あらゆる生きものが、自然の流れに従い、今を、そう、この今という瞬間を生きています。1分後にはツバメに食べられてしまうかもしれない芋虫も、ツバメに捕らえられる瞬間まで、無心に、何の不安も感じずに、ただただ生きています。

きっと、何百万年もの間、農耕を始める前は、ヒトも同じように、不安という概念を持たずに生きてきたのだろうと思います。来年は鮭が河をあがってこないかもしれない。再来年は阿蘇山が噴火するかもしれない。明日は森で傷を負い、破傷風になるかも知れない・・。

考え出せばきりがないような、そんな不安はあまり持たなかったのでしょう。たとえそうなったとしても、だってそれは、「しょうがない」から「あきらめる」しかないことだったのでしょう。せめて、ヒトができることは、祈ること、だったのだろうと思います。

1万年前に、ヒトは農耕をはじめ、それと同時に、「不安」という概念も発達していったのではないか、と感じます。最初は「餓え」という不安が大きかったのでしょう。そこから、蓄財が生まれ、所有が生まれ、奴隷制度が生まれ、戦争が生まれ・・・。
そして文明が発達していったすえに生まれた「貧乏」や「借金」や「病気」という不安。さらに、「孤独」や「世間体」や「老後」という不安。

不安が、とらわれをうみます。心にとらわれが生じた状態では、ヒトは、本来の生を生きることができません。たとえ80年生きたとしても、とらわれの無い本当の生でいうと何年になるのかは、その人でないとわかりません。

とはいっても、不安は裏から眺めてみれば希望や夢の裏返しでもあります。生きるエネルギーともなります。「自分探し」や「生きる意味」という命題は、その最たるものなのでしょう。ほんの少し前にはそんな命題はごくごく一部の特権的な人だけにあたえられるものだったのに、日本をはじめとする「先進国」にはそれが普遍化しているようです。
確かに、「自分探し」も「夢を追いかけること」も、すばらしいことです。ただ、世の中を見渡して見たときに、現状は幸せな社会なのかな、という疑問は生じます。

ポイントは、どういう夢をもつのか、ということにあるのだと感じます。

夢が、物質的な豊かさに傾倒してしまうとしたらどうなるのでしょう。答えは明瞭です。今の環境問題がそうなのだと思います。資源には限りがあります。一部の、限られた人にしか夢はかなえられない、ということになってしまいます。
自然エネルギーで電力は賄えたとしても、食糧生産には限界があります。食糧生産には太陽エネルギーと大気と、土と、水が必要です。淡水資源に限りがあるというこは、すなわち食糧生産にも限界があるということです。主食のとうもろこしを食べることが出来ない人がいる中で、霜降り肉1キロを生産するために牛に食べさせるトウモロコシは10キロ。数字が、現実を冷徹に語っています。

そもそも、森や草原を拓いて農地にすること自体が、豊かで複雑な生態系を破壊して単純な生態系にする、ということです。他の生きものの住む環境を奪ってしか支えられない60億というホモ・サピエンスは、なかなか罪深い存在です。そういう意味では、他の生きものと共生しうる、「里」や「有機農業」という世界は、未来へのヒントになります。農繁期でちょっと苦しい時、自分へのエールとなりうる概念です(笑)

よくいわれるたとえがあります。資源という観点でみれば、地球というパイの大きさはもうすでに決まっている。人口が増えたので、パイを大きくして、ひとりひとりの食べる量を増やす、というのが経済発展という思想です。でも、パイは大きくならないのです。単純に分配の問題なのです。環境問題は、極端に言えばに人道の問題だと思います。

夢が「競争に勝つ、という結果」に傾倒してしまうとしたら、どうなるのでしょう。これもまた応えは明らかです。勝利の女神はごく一部の人にしか微笑みません。結果ではなく、過程が大切。一生懸命にとりくむことそのものに意味があるものです。誰しもが理解していることですが、経済という大きな波の中では、忘れてしまうことも多いみたいです。

それに、人は努力の有無とは無関係に、運に左右されることが多いものです。どんなにすばらしい人格をもって、努力を重ねていても、不治の病にもかかれば、事故にもあいます。生まれつきで、心や体に障害をもつ場合もあります。努力して結果を得る、という「達成感」は、幸せの一部ではありますが、全てではないことは自明なことです。だからといって刹那主義やニヒリズムに走るのではなく、やっぱりどんな状況であれ、未来を夢見ながら今を生きるという姿そのものが美しいのでしょうね。いや、もっと大げさに言えば、生命体としてただ存在している、生きている、というだけで、本来は美しいことなのだとも思います。

はたまた、思い描く夢が、とても叶いそうも無いものだったとしたら、どうなるでしょう。もちろん、苦しむだけです。今の時代の、「自分探し」という呪縛の本質はそこにあるのかなあ、と感じます。
きっと、天職も理想のパートナーも、理想の土地もマンションも、そんなものは最初からただ思い描いても浮かんでくるはずがないものです。

イチローのような本当にすごくい人は別として、われわれ凡人にとっての、「夢」とはこんな感じものなのではないかと思います。
頑張れば実現可能で、ちょっと高いくらいの目の前のハードルを勇気を出して越えてみたら、また目の前のハードルが見えてきて、また「怖いけどなんとなく面白そう。ハードルの先が見てみたい。」と頑張っての越えてみる・・・。時にはこけながらも、また目の前のハードルを跳んでみる、その繰り返し・・・。そして、結果的に、振り返ってみて初めて感じる思い。「ああ自分の天職はこれだった」「このかみさんとであえて、この家族と過ごせてよかった」「ここで生きてきてよかった」

そんなごくごく当たり前のことを、当たり前にやれて、「いい人生だ。幸せだ。」と感じている方はたくさんいます。なんだかんだで豊かな日本なら、なおさらです。

でも、みんながみんなそう感じられているわけではありません。特に、今の僕と同世代の20代半ばから30台くらいの人たち、いわゆる「ロストジェネレーション」の人たちの中には、「そうだ、そうだ」と感じてしまう人も少なくはないと思います。不安の中で生きている人も多いのではないでしょうか。

生まれた時は日本経済の絶頂期。そして、「個性を出しなさい。あきらめなければ夢は必ず叶う」と教育されてきた世代です。自分探しに夢中になり、能力と環境に恵まれ、努力をした人は確かに力強く、豊かな、個性的な、楽しい人生を力強く歩んでいます。IT起業の黎明期でもありました。
しかし、ちょっとしたボタンの掛け違いから、等身大の夢を見つけることが出来なかった人にとっては、ちょっと酷な時代となっているようです。さあ就職するぞ、という時期には想像もしなかった不況と超就職氷河期でした。
「世界をまたにかける」とリュック一つで世界中を旅していた若者も、いつのまにか年をとります。「俺には絶対に表現の才能がある。演劇で食べていくんだ」と夢を追っていた青年も、髪の毛が薄くなる年になります。気がつけば「自由な働き方ができます」という宣伝のままにフリーターへとなり、派遣労働者へとなり・・・。そして今回の経済危機。現実はシビアなものです。

若い頃の苦労は買ってでもしろ、と昔の人はよくいったものです。本当にその通りだと思います。初めがきつかったら、あとはどう転んでも楽に感じられます。その逆は、やっぱりきつく感じます。
冬の野菜も一緒です。まだ暑い9月に種をまいた菜っ葉は、11月の霜で葉っぱが解けてしまいます。でも、霜が降り始める直前に種をまき、小さな頃から霜にあたっている菜っ葉は、少々の霜にもそ知らぬ顔ですくすく育ちます。まあ、いったん霜でやられた菜っ葉も、芯さえ凍らずに残っていれば、また芽をだし、葉をひろげますが。それはそれで、とてもおいしい味となります。

さて、今の学生は、「安定」した就職を求めているそうです。いい考えだと思います。しかし、みんなが安定ばかりを求める社会は、絶対に活力を失います。ちょっと危惧する点です。身の丈にあった、程よい大きさの夢、程よい競争、ほどよい冒険、ほどよい遊び心、ほどよい安心感。そしてほどよい諦めのココロ。そんな社会はどうやって作っていったらいいのでしょうかね。どなたか教えてください(笑)



またいつものようにごちゃごちゃと考え、書いてしまいました。でも、こういうふうに考えてしまうヒトという存在もまた、動物の一員です。頭では言語を駆使して物事を抽象化していようとも、遺伝子的にはほとんど猿と99パーセント以上同じ、ですよね、確か(笑)。自分探しもいい加減馬鹿らしくなり、普通の人なら流れに身を任せて、暖かい家庭が欲しい、とか、子孫でも残そうか、という本能が勝ります。まあそれでいいや、とつくづく思います。

38億年前に、最初の細菌が地球に現れ、植物が生まれ、動物が生まれ、そして人間が誕生し、今に至ります。生物学のことはよく分かりませんが、遺伝子は、分化しながらずーっと今を生きるみんなにつながっているのだろうと思います。

そして、僕の体を作っている原子も、やがて土や大気中に戻り、他の生物の体に取り込まれていくのでしょう。僕は無宗教ですが、般若心経でいう「色即是空、空即是色」で教えられていることを、なんとなく肌で感じます。
また、誰かが言っていました。「いのちが私を生きる」と。いのちという大きなものが、私という存在の中で、生きている、という意味なのかな。これまた、なんとなくですが、実感してしまいます。

山や海にどっぷり浸かったり、自然と対峙しながらも包み込まれるような生業の中で、ヒトは自ずからそんな感情を頂いていくものなのでしょうね。

いのちを大切に、という言葉がよく聞こえてきます。ひとりの人間の命は、地球より重い、ともよく言われます。そうだなあとも思うし、本当にそうなのかなとも感じます。
いのちというものが、個人に属するものだと考えると、それが「地球より重い」と言われても、どうなんだろうなあ、という印象をうけます。でもいのちというものが、なんというか、ひとつのつながりだという認識を持てば、言葉の意味がすっと胸に入ってきます。


そこでまた思い浮かぶimagineの歌詞・・・。拙訳にて。

Imagine there's no Heaven
It's easy if you try
No Hell below us
Above us only sky
Imagine all the people
Living for today...

Imagine there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion too
Imagine all the people
Living life in peace

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will be as one

Imagine no possessions
I wonder if you can
No need for greed or hunger
A brotherhood of man
Imagine all the people
Sharing all the world

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will live as one


想像してみてよ、簡単なことだよ。 
天国なんてないし、足の下にも地獄なんてない。
上には、空があるだけ。
想像してみてよ。
みんなが、ただ今日を生きているのさ。

想像してみてよ、難しくは無いさ。
国も無いのさ。
何かのために死んだり殺したりする
ようなものなんて、何も無いよ。
宗教だってそうさ。想像してみてよ。
みんなが、平和に生きているのさ。

僕は夢を見ているっていわれるかもね。
でも、僕だけじゃないはず。
いつの日か君も仲間になるよね
そして世界が一つになるのさ

想像してみてよ、何にも所有しないのさ。
君だったらできるよ
餓えたり、貪欲になることも無い。
人はみな兄弟なんだよ
想像してみてよ 
みんなが世界を分かち合ってるのさ。

僕は夢をみているっていわれるかもね。
でも、僕だけじゃないはず。
いつの日か君も仲間になるよね
そして世界がひとつになるのさ。



よくよく歌詞をみてみると、突っ込みどころ満載の理想主義的なものですね(笑)でも、これだけ人々に愛されるこの歌は、やっぱり愛されるだけの力を持っているのでしょう。
いつの時代にも戦火は絶えません。歌が響きますように。


おっと、本の紹介だった。なんという脱線!(笑)

そんなわけで、とても面白い本です。山に登る方はぜひ一読を。登らない方も一読を。まあ、かなり売れているみたいなので、もう読んだぞー、という方も多いかとは思いますが。

服部さんとは一度お会いしたことがあるんだけど、絶対僕のことは覚えていらっしゃらないだろうなあ(笑)

100年に一度の経済危機だそうです。
でも、ヒトは、何百万年もちゃんと生きてきました。

こんなご時世だからこそ、ココロを軽くするために、読みたい一冊です。そして、軽くなったココロで、目の前の現実のほろ苦い生活と向かい合い(笑)、具体的な小さな仕事を、コツコツとやっていきたいものですね。

うーん、ひさしぶりにむちゃくちゃ長かったぁ。
思わず一気に書いてしまいました。

こんなに文字ばかりで長いと、まず僕だったら読みません(笑)
それにしても、(笑)、ばっかりだなあ(笑)
ご一読ありがとうございました。

2009年01月05日 トラックバック:0 コメント:3

謹賀新年

1月1日

明けましておめでとうございます。

今年で、就農3年目。

石の上にも3年。

少しは、地に足が着いて、周りが見えるようになってくる頃かな。

そして、自分自身も見えるようになってくる頃かな。

背伸びをせずに、ゆったりと「いきあたりばっちり」で
歩いていきたいものです。

今年が、皆様にとって、よい一年となりますように。




今年も、雪の元旦となりました。

20090101元旦雪



2009年01月01日 日々の暮らし トラックバック:0 コメント:4

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