雨降った

9月30日(水)

昨日から、待望の雨となりました。
降ったりやんだり、曇ったり晴れたりしながら、向こう2,3日間は畑が潤う日が続きそうです。よかったよかった。ほっとひと安心です。

今日は、出荷のあと、納屋の片付け。溜まっていたゴミを整理。明日、ゴミ処理センターにもっていく準備をしました。懸案事項を、ひとつずつ、終わらせていくのは気分がよいです。

先日の夏バテがきっかけとなったのか、ここのところ、どうも気持ちがいまひとつです。なんというか、いろんなことへのモチベーションが低い・・・。プチ欝ですなあ(笑)

春からずっと「よっしゃあ、今日のうちにこの仕事は何が何でも終わらせるぞー」という感じの体育会系的なノリで働き続けていました。そして、好きなお出かけの時間を捻出するためにもなおさら普段はがっついて前倒しで仕事を終わらせる、ということが続き・・・。

気がつかないうちに、相当な疲労が溜まっていたようです。そして、なんとか夏の農繁期も終わりを迎えつつあり、一気に気が抜けてしまった感じです。風邪ひとつひかないで、夏をのりきってまあよかったよかった。

世の中には、いろんなタイプの人がいます。性格は、十人十色。行動パターンも、思考の癖も、人それぞれです。

僕は、何事も勢いでぶわーっと集中して行うタイプです。その間は、なんというか、いけいけがんがん、という感じです。そして、ある時ふっと息切れして、動けなくなります(笑)。体も重くなるし、ココロもつられて重くなります。

いつもは自信満々で(笑)物事をわかったような顔をしているのに、なんだかいろんなことが分からなくなってしまいます。自分はこれでいいのか。あの時ああすればよかったのではないか。ああ、あの人がうらやましいなあ。などなど。グルグルと疑問が頭をめぐります。

でも、動けないこと自体は何の問題もないことです。誰にでもそういう時があります。
もし問題があるとしたら、そのまま気分に流されて、ココロが折れてしまったり、人に不必要な迷惑をかけてしまったり、ふてくされた態度で一日を過ごしてしまうことです。

今回は、久しぶりに、自分が大切にしている言葉を思い出しています。

そう、「待つ」ということ。

何かや、誰かに期待することなく、ただ淡々と、自分ができること、自分にもできることだけこなす。そうしながら、状況が動くのを、風が吹くのを、「待つ」。そう、ただ、じっと。

そういう時には、思いがけないほどに自分と深く対話することができるものです。なかなか贅沢な時間ともいえます。


程よい自信と、程よい不安。これまたバランスです。時々、プチ鬱不安モードになることは、「あんまり調子に乗るなよ~」という天の声なのかもしれませんね。

さてさて、明日も淡々と、待ってみます。風が吹くのは、いつになるかなあ。

そうね、 

the answer is blowing in the wind.

答えは風の中。

まっ、ぼちぼちいきましょう。

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2009年09月30日 ひとりごと トラックバック:0 コメント:0

雨ふれ!

9月28日(月)

ちょっと更新の間が空いてしまいました。

夏バテモードだった体調は、ぼちぼちと復活してきました。ご心配おかけしました。


それにしても、


雨が降らない!!!!!!!!!

8月の20日ごろから、まとまった雨が降っていません。この間、15ミリくらいの雨が一度。降ったか降っていないかわからないくらいのお湿りが1、2回。畑の土の中のほうまでじっとりと湿らす雨が、そろそろいい加減に欲しいものです。

天気予報を見て期待していたのですが、今日も空振り。向こう数日も、降りそうな雰囲気ですが、ここのところ、何度も何度も空振りが続いているので、あまり期待しないようにします。とほほ。

秋冬野菜の畑の一部。見るからにカラカラです。乾きすぎて、雑草もあまり生えません。嬉しいやら哀しいやら・・・(笑)左から、小豆、長ネギ、人参、レタス、サニーレタス、キャベツ、ブロッコリ、大根、かぶ、小松菜、たまねぎ苗。

090927畑

7月の頭に種をまいたキャベツ。今週から、収穫開始です。防虫ネットのおかげで、よく育ちました。そして、この雨不足の中、よく結球したものだと感心してしまいます。

090927キャベツ

お盆すぎに種をまいた大根とカブ。

090927大根

葉っぱにアブラムシ発生。風通しをよくするために、間引きをもう一回&防虫ネットもはずしました。いったんこの状態になると、厳しいだろうなあ。まあ、次に種をまいたものも大きくなってきてますから、問題はないです。

090927アブラムシ

毎年同じ時期に種をまいていますが、土の状態や、天気によって、虫がついたりつかなかったりします。うまくいく年もあれば、いかない年もあります。夏野菜と秋野菜の間の端境期をなくしたいがために、ちょっと早めの種まきをしているので、まあ、仕方がないといえば仕方がないです。あんまり欲張っちゃいかんということですなあ。


ひとつムシを。

庭でみかけた、アカヘリサシガメ?。の秋齢幼虫かな?よくわかりません。サシガメの仲間であることは間違いないと思います。カメムシは、一般的に植物の汁を吸って生きている、というイメージが強いですが、サシガメの仲間は肉食です。芋虫などを捕まえて、体液を吸います。もし畑でこの赤黒ぶちを見かけたら、「害虫」ではなくて「益虫」ということですかね。カメムシも、いろいろですね。

090924アカヘリサシガメ?

2009年09月28日 田畑 トラックバック:0 コメント:0

稲刈り

9月22日(火)

天気予報は、曇りのち雨。いよいよ雨が降ってくれるか、と期待の一日。

しかしながら、また肩透かしでした。
明日の天気予報を見ても、福岡あたりは雨のようですが、阿蘇ではどうも曇りどまりの雰囲気です。ああー、あめー、あめー、雨降ってくれーーー。と願うばかしです。

昨日は、コシヒカリの稲刈りをしました。

刈って、束ねてくれるところまでやってくれるバインダーという機械の調子が悪く、少し時間をかけて段取りをして借りてくるか、はたまた人海戦術で手刈りでいくか、ちょっと迷いました。

この手の、農作業イベントは、僕は段取りがあまり得意ではありません。余計な気遣いをしたりして、空回りをしてしまいます(笑)。なので今回も、直前まで日程を決めず、ぎりぎりになって声をかけました。その割には、椛島をいれて総勢8名の稲刈り。ほどよい人数です。よっしゃ、これなら人海戦術でもいける、せっかくだしな、と思って手刈り決行。いい雰囲気でした。

天気にも恵まれました。雨は欲しいですが、稲刈りはやっぱ晴れてないとね。

090921稲刈り1

掛け干し用意。

090921稲刈り2

ちょっとたわんでます。あとで手直ししました(笑)

090921稲刈り3

お手伝いに来てくださった皆さんに感謝です。
最近、いろんなご縁が広がってきております。いろんな方が、椛島農園という場を通して、出会い、またご縁を広げていく、ということがぼちぼちでてきました。些細なことですが、とても嬉しく思います。

僕は、もともと、気遣い屋さんです。でも、自分がやたらと疲れてしまうことはやらないように変えました。さりげない気遣いが下手だから、気を遣うべくして気を遣っている自分を自覚したときに、なんだか違和感を感じました。なんというか、「素」ではないなあ、と。だから、今は気遣いをしすぎて、疲れてしまうよりかは、とにかく「素」でいこう、と思ってます。みんなに好かれる必要はないのです。という心構え、やね。

おもてなしもないなあ(笑)。愛想もそれほどなしです。理想は、愛想なしおっさんになりたいのだけど、哀しい性でついつい「いい人」をしてしまうので、やっぱある程度愛想よくしてしまいます。まっ、しょうがない(笑)それに忙しくてお構いもできないこともけっこうあります。それでも構わなければ、いつでも、だれでも、どんな用でも、用がなくても、来てください、というスタンスです。

そんなこんなですが、まあいろいろな方が来てくださり、ご縁が広がってゆくから不思議なものです。人間関係の理想は、来るもの拒まず、去るもの追わず、だなあ。猫みたいな人になりたいなあ。でもそれじゃあ営業は難しいっす(笑)。まあ、呼ばれてもないのに行ってみたり、去っていく人をしつこく追っかけまわすのも、人間臭くて面白いものです。いろんな人がいるから、楽しいのですね。とにかく素が一番。もう、それだけ。みんなが素でいられるような、懐の深い社会ができたらなあ。

ああ、また長くなりそう。この辺でやめとこ(笑)

2009年09月22日 田畑 トラックバック:0 コメント:4

ぽぽちゃん

9月20日(日)

快晴の一日。

大学時代の友人が、家族で遊びに来てくれました。感謝!楽しかったです。

090920記念撮影

お母さん、みずきちゃん、そして、。

090920みずきさん泣く

ぽぽちゃん。

090920ぽぽちゃんあっぷ

今はやりのお人形さんだそうです。初めてお目にかかりました。「かわいい」と「怖い」を足して2で割ったようなその容姿に、すっかりはまってしまいました。夢に出てきそう(笑)



人形ねたをもうひとつ。

090919あじせんちゃん

味千ラーメンのちいちゃんと記念撮影。顔、でかすぎ!!

2009年09月20日 日々の暮らし トラックバック:0 コメント:2

大麦その他いろいろ

9月18日(金)

相変わらず阿蘇では晴天が続いております。

そして、相変わらず、まだ夏バテモードの椛島です。今回はちょっと長い・・・。やれやれです。稲刈りがもう少ししたら終わるので、そしたら一息です。それまでガンバです。

水曜の夜に阿蘇を出て、隣町の知人のトラックに乗り換えて、夜は福岡の友人宅に泊まり、木曜の朝に大麦を積み込みました。

090917大麦

この後、代金の支払いのために、他の営業所まで10分ほどかけて移動したら、荷が崩れてしまいました。素人丸出し(笑)。こういう場合はこうしたほうがいいんだよ、などと教わりながらまた積み直し。勉強になりました。そして、皆さんとても親切でうれしかったです。JA糸島の皆さん、ありがとうございました。

昼前に帰宅。荷降ろしにひと苦労しましたが、なんとか無事終了。手伝ってくれたご近所のM君、感謝です。

久しぶりに、ヘッドランプをつけて、翌日の出荷用意。その後、トラックを返しに行きました。

帰宅後、お返ししたトラックの中に携帯を置き忘れたことに気づいて、ため息。まあ、翌日取りに行くことにして、布団に入り泥のように眠りました。


今朝は、軽く寝坊。「うわっ、宅急便屋さんが集配に来る時間までに出荷用意間に合うのか!?」と、あせって収穫、箱詰め。

なんとかぎりぎりセーフでほっと一息。そのまま、また大津まで配達、携帯取り。そして、以前購入して、JAの倉庫に冷蔵保管してもらっている小麦の受け取り。

帰宅と同時に、来月頭の、地元の中学校の農業体験学習の打ち合わせで中学生3名が来訪。その後、夜にうちで開く予定の、阿蘇を離れる友達の送別会の準備。バーベキューのセッティングなどなど。

直後にまた来客。数日間家を空けるという友達から野菜の苗の水やりをお願いされたので、その苗をうちに運んできてもらう。

来客がすんだあと、もってきた小麦約400キロを紙袋に入れて、納屋に収納。


ふぅー、疲れたぁ。


夜は、和やかな宴で、楽しかったです。馬刺しがうまかった。

最近、椛島が夏バテモードということをみんな周知していて、気遣いがありがたし。明日は、念願の、休日。にします。何があっても、苗の水やりや、鶏の世話などの最低限のやること以外は何もしないで、休みます!!


そんなこんなで、てんてこまいな一日でした。よくがんばったぞ、俺、偉いぞ。疲れて、しょうもない無駄な動きも多かったけど(笑)


それにしても、うちの鶏はちゃんと大麦を食べてくれるのだろうか。いまさらだけど(笑)。「この麦をあげてるけど、うちでは何の問題もなくバンバン食べるよ」という友人や、そのまた知人は何人もいるので、まあ大丈夫だとは思いますが、ちょっと心配(笑)

大麦は、小麦と違って殻があるので、場合によっては、発酵などの工夫が必要になるかとも思います。まあ、やれることをやるしかないっすね。
最悪の場合には、「うちの牛に食わすけん、食わんかったらもってきなっせ」と言ってくださる方もいるので、これまた感謝感謝ですね。

なにも、こんな手間のかかることをしなくても、普通にとうもろこしを買ってもいいのかなあ、という気もします。でも、なんとなくですが、「国産飼料」にこだわった卵でやっていきたいなあ、と思っているので、とりあえず可能な限りは、国産飼料で養鶏を続けていきたいと考えています。ただ、「国産飼料」にこだわるあまり、餌の嗜好性などがあまりに落ちて、変なストレスが鶏にかからないようにはしないといけないですね。まあ、勉強勉強です。

もちろん、もっと近くで購入できるのなら、そのほうがよいです。県内の、いろんなところをもっと早めにあたってみて、来年に向けて手を打っていこうと思います。そして、常にリスク分散を心がけておきたいものです。今年はあそこがだめだったからここで。ここもだめでも○○さんのところならなんとかなるはず。という感じで、リストアップできていれば安心です。



さて、またちょっと長くなりそう・・・(笑)


結局、いつも今回のような突発的な仕事が入るたびに感じるのは、人との縁がすべてだなあ、ということです。大麦の購入先を紹介してくれたのも、トラックをお借りできたのも、納屋にきちんと収納できたのも、人様の助けがあってというもの。

これって、考え出すととても難しいことです。

人は、ひとりでは生きていけません。時には人様に甘えなくては、ひとりでできることなどたかが知れています。というのは、事実ですよね。

では、「そうかそうか、周りの人がなんとかしてくれるからいいや」と開き直ってとにかく他力本願で生きるのか。

はたまた、「できる限り自分の力でなんとかしますっ。人には迷惑を掛けたくないし。」と、自力本願で生きるのか。

あるいは、「自分でなんとかする。でも、困ったときはちゃんと助けをもとめよう。迷惑をかけつけられつつ、持ちつ持たれつだ」と、ふわりと生きるのか。

もちろん、答えは人それぞれだと思います。答えは、1か0かではないし、白か黒かでもないものです。甘えるのが上手な人もいるでしょうし、どうしても甘えられずにいる人もいるでしょう。僕が思うに、どれだけ甘えて、迷惑をかけてもいいと思うのです。お世話するのが好きな人もいますし、お世話されるのが好きな人もいます。計算づくで「いい人」をする人もいるでしょうし、「いい人」をやめられずに苦しむ人や、「いい人」になりたくてもなれない人、さらには素のまんまで根っからの「いい人」、はたまた「いい人」なんか大嫌い、という人もいるものです。

きっと人間社会も、自然の生態系と同じでいいのだと思います。ただ、みんながみんな、自分のやりたいようにやっていると、どうしても損ばかりする人が出てくるし、凄惨きわまることも繰り返されてゆくものです。そもそもジンルイの歴史とはそういうものでした。

いや、文明の歴史、といったほうがいいかな。勝手な思い込みかもしれませんが、農業が始まる以前の、原始的な狩猟採集社会では、どこか節度があったのではないかと思います。殺戮しつくす、とか、森を破壊しつくして文明を築く、ということもすべて1万年前の農耕の開始から始まったのだと思います。かといって、現在の文明やジンルイの否定はしたくないものです。懐かしく、明るい、未来を築いていかなくちゃ、とも感じます。まあ、その辺の話は長くなるので割愛(笑)

生態系の外に出てしまってやりたい放題になってしまったジンルイには、何らかのたがが必要なのだと思います。「お前ら、やりたい放題しちゃいかんよ」という神や仏の声を求める存在は、必然的なものなのでしょう。だから、やりたい放題わがまま放題ではなく、一定の規範やルールの中で、「ありのまま」でいることが大切なのですね。

ちょっと脱線気味ですが、ともかく、、

見返りを求める人、求めない人。
計算ずくで行動する人、しない人。
みんなを笑わせようとする人。
みんなが笑わせてくれるので自分はだまっていればよいのだと思う人。
有名になりたいという人。
有名になってもろくなことはないと思う人。
自分は長所ばかりだと天狗になっている人。
自分は短所ばかりだと勘違いしている人。
世間体など気にせずに、マイペースで生きる人。
世間体ばかりを気にして、窮屈に生きている人。

いろんな人が、「ありのまま」でいていいのだと思います。そのことによって、人を傷つけない限りは。
自分は短所ばかりだと勘違いしている人は、それを笑い飛ばせばいいのです。世間の目ばかりを気にしている人は、そこから抜け出せない自分に、自分で突っ込みをいれればいいのです。そしたら、楽しいじゃないですか!一緒に笑ってくれる家族や友人がいたら、もう、それだけで最高です。

最近よく起こる、不可解な犯罪や若者の行動の背景には、そのあたりの「笑い」さえあればなんとかなったのではないか、と感じることが多々あります。何が問題なのかを客観視し、変えていけるは変えていき、変えられないものは受け入れる、という努力を引き出してれる「笑いの力」が、僕は大好きです。

子供や猫が可愛いのは、誰かを笑わせようなどと思っているのではなく、素のまま、ありのままでいるからなのだろうなあ、と思います。

子供のようなおっさんに、なれたらなあ。憧れてばかりで、なかなかなれないんだけどね。「何をぐじゅぐじゅいっとんじゃ、せからしか!」という突っ込みが欲しいところです(笑)そしてまたこのつっこみには笑いのセンスがない(笑)まっ、いっか(笑)



そのうちご紹介しようと思っていたのですが、参考までに。リンクです。とても大事なことを教えてくれた、自分にとって大切な空間です。なので、いつか自分なりに意見をまとめて文章にしてきちんとご紹介したかったのですが、それはまた後日。今日は、もう文章が長いからパスっ(笑)

べてるの家HP

べてるの家の紹介・Wikipedia

人権情報ネットワークぷらっとHPによるべてるの家の紹介


ぜひぜひ、ご覧くださいませ。例によって勝手にリンクしちゃった。大丈夫、よね(笑)





と、書き終わろうとしたところで、もひとつついでに。

野口法蔵さんというお坊さんがおられます。記者から転進、チベットでの仏教修行を経て、現在は長野の松本の臨済宗のお寺でご活動をされています。著書も多数あります。

11年前に初めてチベットを旅したときのことが思い出されます。当時はまだチベットと中国都市部をつなぐ高速列車もなく、外国人や中国の都市部の富裕層を狙った観光開発も、まだまだ黎明期といった感じでした。原則的には、外国人がチベットの首都のラサに入るためには、四川省の成都から飛行機を使うか、青海省のゴルムドという町からバスに乗るかしか選択肢はありませんでした。と思うのだけど、ローカル列車もあったような・・・。昔のことなので記憶がかなりかすれてます(笑)

バスの旅は、確か30時間くらいはかかったように覚えています。途中で5000m(これまた記憶違いかも・笑)を越える峠があり、なかなかのハードなツアーでした。乗客のチベット人も、高所に慣れているとはいえさすがに5000mはつらいように見受けられました。

バスの中では、聖都ラサへの巡礼と思われるおっちゃんと隣の席になりました。おっちゃんは、僕や、同行の仲間達と話すとき以外は、とにかくずーっと、「オン・マニ・ペメ・フン」と唱え続けていました。一番高い峠が近づいてきたとき、時刻は真夜中位だったと思います。おっちゃんは、一段と真摯な顔つきになり、ますます一心不乱に、「オン・マニ・ペメ・フン」を繰り返していました。

僕はといえば、高山病で頭が痛くなり、もがいていました。おっちゃんは、「ほら、これを飲め」と、頭痛薬らしきものを手渡してくれました。暗い車中のなか、目を凝らしてみてみると、中国漢字で「阿斯匹林」と記されてありました。最初は何だかよく理解できずにいました。しばらくして、ああ、これはアスピリンだ、頭痛薬だ。じゃ、飲んでも大丈夫だ。と思って水で流し込みました。

口に入れながら、「しっかし、この漢字は、むちゃくちゃ当て字だなあ。ひどいなあ」と、ずきずきする頭をかかえながら、心中で中国漢字に突っ込みをいれたものです。そして、おっっちゃんはというと、僕に「大丈夫か」という顔で微笑んだ後、また何事もなかったかのように、読経に戻りました。

アスピリンのおかげで頭痛をやりすごし、翌朝の太陽がまぶしかった記憶がおぼろげながらにあります。

さて、その、「オン・マニ・ペメ・フン」ですが、日本語では「これでいいのだ」という意味だそうです。天才バカボン、のバカボン、とは、ブッタのことだそうです。

すごいすごい。なんて深いメッセージなんだろう。



「これでいいのだ」 著者 野口法蔵 七つ森書館(アマゾンにリンクしてます)


本の一部より。


これでいいのだ
といっていると
今の自分が輝いてくる
だから
これでいいのだ

これでいいのだ
といっていると
誰しもがいい人のように見える
だから
これでいいのだ

これでいいのだ
といっていると
自分が好きになっていく
だから
これでいいのだ

これでいいのだ
といっていると
年金がなくても生きていける
「本当に」

これでいいのだ
といっていると
この世に嫌なことはなくなり
嫌な人もいなくなる
だから
これでいいのだ

笑いながら
いってみよう
これでいいのだ
これでいいのだ
すると
本当にこれでよくなる
運勢もよくなる

これでいいのだ
といっていると
体中の機能がそれを聞いてなーんだこれでいいのか
と良くなっていく
だから
これでいいのだ

これでいいのだ
といっていると
こうげん病を治った例も
あるくらいなのだ
だから
これでいいのだ

これでいいのだ
といっていると
恐怖が起きない
何も失うものもない
だから
これでいいのだ

これでいいのだ
といっていると
あなただけ
能天気にいってごらん
他から白い目で見られるから
でもこれでいいのだ

これでいいのだ
すると
あんたは気楽でいいね
といわれたから
とりあえず
ありがとうと
かえしておいた

これでいいのだ
といっていると
堂々としていられる
バカボンのパパのようになる
だから
これでいいのだ

これでいいのだ
といっていると
自分が変わり
世界が変わるのだ
だから
これでいいのだ





しっかしなあ、体調がいまひとつと、周りにもいっているくらいの状況なのに、こんなに長々と書いてしまう自分が笑えます。だったら寝とけ!という感じですなあ。ま、でも、これでいいのだ!

2009年09月19日 ひとりごと トラックバック:0 コメント:0

またぼやき

9月15日(火)

ふんばりどころ!もう一息!
と自分に言い聞かせる今日この頃です。

先週末は、福岡から両親が手伝いにきてくれました。昨日から今日にかけては、やはり福岡からの友人が3人、手伝い&遊びに来てくれました。感謝!!!

大根、かぶや、ほうれん草、春菊、ターツァイなどの種まき。たまねぎ植え付けスペースがちょっと足りないかな、ということで新たに堆肥撒き&ロータリー掛け。などを人海戦術で終わらせて、ひと安心といったところです。

先週は、あまりに夏ばてがひどくて、ほどほどに休みながら働き、そして夜はたっぷりと睡眠をとっていました。やはり、疲れがくるのも、回復するのも、タイムラグを感じる今日この頃。先週の、木、金、土、あたりにとった休息が、ようやく効いてきた感じです。そして、昨日、今日とがんばった疲れが金、土、あたりでくるのかなあ。もう、わけわからん!!確実におっさん化してきております(笑)

明日は、近くの大津町で落語を聴きに行く予定でした。笑点でおなじみの林家喜久扇(先代の喜久蔵)さんの落語が1200円で聴ける!ということで楽しみにしていました。

でも、急遽、福岡に鶏のえさとなる大麦をとりにいかなくちゃいけなくなったので、落語は断念しました。これまで、隣町である大津町の小麦を購入していました。予約もしていたし、「余裕はあるので、大丈夫です。とっておきますよ」といわれていたので安心していました。

ところが、「すみません。足らなくなりました。」という連絡をもらい、「うわっ、どうしよう」となったわけです。あちこち調べて声をかけまくって、福岡で大麦が余裕があるよ、という情報をいただいて、予約をしておきました。

「いつとりにきてもいいですよ。とっておきますから」という話だったので、これまた安心して、もっと畑作業が落ち着いてから行くつもりでした。ところがまたどんでん返し・・・。「大麦にムシがついてくるから、それが新米に移るとこまる。なるべく急いできてくれ」という連絡をもらいました。「だったら最初からいってくれよ~」とぼやきつつも、まあしょがないです。急遽トラックの手配などの段取り。急いで納屋の大掃除をして、収納スペースを作り。。。

はぁ。。。もうひと踏ん張りっす!
連休中にはコシヒカリの稲刈りもしないと・・・。段取りがんばろっと。

土曜日の夜には、念願の息抜き的時間、演劇鑑賞の予定です。そういう時間があまりにないと、やっぱりちょっとしんどいです。今は田舎のおっさんですが、もとは街の現代っ子ですから、まあ、そんなもんです。なかなか篤農家にはなれん(笑)

しかしまあ、書いたものをさっと読み返してみて、こりゃ今日はただのぼやきですね。まっ、いっか。



と書き終わり、つい先日の記事も、「ぼやき」と銘うってあることに気づく。こりゃひどいわ。ぼやきまくり。でも、しょうがないのだ。

これで、いいのだ!

赤塚さんの言葉は、やさしいですね。ありのままの自分を肯定することは、やっぱり大事だなあ。赤塚さん、ありがとーございます!



ちゃんちゃん。おわり。

2009年09月15日 ひとりごと トラックバック:0 コメント:0

おかげさま

9月11日(金)

今日も快晴。

出荷を終わらせた後に、さあ、たまねぎの播種とキャベツ、白菜の定植の残りを終わらせるぞ、と思ったものの、体が重く、長い昼寝。。。

なんとか、たまねぎの播種だけは終わらせようと頑張って、夕方ひと踏ん張り。まあ、及第点、といったところです。

最近おっさん化してきてるなあ、と感じます。頑張った疲れが、しばらく遅れてからどっとやってきたりります。あるいは、その逆で、ゆったりと休んだあとに元気が盛り返してくるのが、何日か後になったり・・。というわけで、ここ数日休み休み働いているので、来週には盛り返すでしょう。期待大(笑)


疲れていようと何だろうと、種まきと出荷だけはやらにゃお話にならん。というわけで、今日の出荷作業風景。かぼちゃ、人参、大根、小松菜の間引き葉、オクラは絶好調、ゴーヤ、トマトはほんの少し、ジャガイモ、たまねぎ、キューリ、ナス、四角豆、インゲン、ミョウガ少々、卵。そんな感じです。

090910出荷


そういえば、今日は同時多発テロから8年。8年なんてあっという間だなあ、と改めて感じます。あのときの衝撃を忘れちゃいかんなあ、と、やはりこの日には思います。正直なところ、すっかり忘れていました。ラジオのニュースで、今日が9月の11日であることを思い出しました。目の前の、ちょっと野菜の出来がわるいとか、そんなことに一喜一憂してる場合じゃないぞ、といわれているようでした。

ラジオといえば、先日、NHKのラジオビタミンという番組での一言。

「おかげ様」でいこう。物事がうまくいっているときも、自分のちからでそうなったのだとは思わないで、他の誰かが、目に見えないところで「陰」で、支えて下さっているおかげでそうなったにすぎない、と思うこと。まさしく、「おかげ、さま」。時には自分も誰かの陰になり、支えていく。感謝の心を忘れないように。

日本語は、美しいですね。「おかげさまで」いい言葉です。因果応報。風が吹けば桶屋が儲かる。物事は、社会は、自然は、とってもとっても複雑な関係性が絡み合っているもの。自分が努力したからうまくいった。だからえらいぞ、自分。ということがいえるほど、単純なものではない。

そう、「おかげさま」です。感謝!

2009年09月11日 ひとりごと トラックバック:0 コメント:0

ぼやき&田上

9月10日(木)

今日も快晴。
最低気温11度。最高気温28度。朝は布団をかぶりました。秋だぁ。でも暑い。。。

あまりに雨がふらないので、水をやりながらぼちぼち白菜やキャベツを定植しています。
日中の暑さが危険なので、夕方にちょこちょことやっているので、なかなか進まず、なんだか焦ってきます。まだまだ、自然のリズムに自分を合わせるのではなく、自分の都合で動いているのだなあ、と気づかされます。

夏の間、ずっと体が軽く、「おお、今年は夏ばて知らずかな!?」とぬか喜びしていたのですが、どうもここに来て、疲労気味。何をするにも、体が重い・・・。2、3日は雨が降り続き、「もう知らん、休もう、休もう」という日が来てくれればいいのですが、晴れている間はついつい動いてしまい、気がついたら疲労がたまっていた、という感じです。そのあたりのペース配分が、まだまだできてないようです(笑)

でも、見方を変えれば、いい感じです。
ここ数ヶ月、ずっと調子がよかったので、なんというか、バランスを欠いていたような気もします。物事はどんどん動いていき、自分も前へすすんでいき、目標はどんどん高くなり、アクセルをずっと踏んでいたような感じもします。

「疲れ」は、よいブレーキとなるように思えます。

「まっ、しょうがない。このくらいでいいや」とか「こんなもんだろ。満足満足。」という知足感をココロの隅っこのほうにでも置いていないとろくなことはありません。

自分の殻を破るには、限界を超えて無理をすることも必要です。そういう毎日が続く時期も長いジンセイには必要なんだろうなあ、と思います。知足をもとに感謝が生まれ、感謝をもとに頑張る、というふうになれたら、理想なんでしょうね。うーん、なかなかそうは行かんけど(笑)

僕はどちらかというと、もともとはとにかく完ぺき主義で、白か黒か、1かゼロか、という判断をしてしまいがちなタイプです。知足どこふく風です。典型的な、一番うつになりやすいタイプです。あぶねー(笑)
これじゃいかんなあ、と気がついてからは、白でもない、黒でもない、水墨画のような灰色の美しさというものにすごく惹かれるようになりました。

体のサインに気づいて、休むときには休む、ということはココロのメンテナンスという意味でもとっても大事です。そういう意味では、自分のペースで仕事ができる自営業は、本当に楽でよいです。感謝です。でも、自然のリズムに合わせることが大前提なので、どんなに休みたいときでも「雨の前に種まきを終わらせるぞー」というような時には、休めないです(涙)。まっ、そのへんの折り合いをつけていくんも、経験、経験ということですかね。

そんなこんなで、明後日は雨の予報なので、明日は気合を入れて苗の定植&たまねぎの種まきです!その前に出荷も終わらせんとなあ。鶏のえさも混ぜないと・・・。

うーん、もうひと踏ん張り!

はやく農閑期になれ~!せめてもうちょっと涼しくなれ~!(本音・笑)




追記。

どうでもいいことなんだけど、最近スポーツ大好きです。「ああ、暑くて畑作業きついなあ」というときに、ネットでスポーツニュースやらコラムやらを読むのが息抜きになります。今気になる選手はソフトバンクホークスの田上捕手。中日をくびになり、ホークスで再起をかけて4年目(?)の今年、大ブレーク。そういう話は、泣けてくるじゃないですかぁ!サッカーの日本代表戦も面白かった。甲子園もちょっとしかみてないけど、面白かった。スポーツ万歳です。

2009年09月10日 ひとりごと トラックバック:0 コメント:0

残暑!

9月7日(月)

今日も、日中は厳しい残暑でした。最低気温17度。最高気温30度。まいってしまう暑さです。

まいってしまうのは、ヒトのみにあらず。

昨日の夕方に定植した白菜。水をたっぷりやりながらの定植でしたが、それでも今日の夕方にはカラカラ。明日になって、またクタッとしおれて枯れる寸前の姿を見るのがいやなので、今日のうちに夕方に水をやっておきました。

090907白菜

白菜は、300株植えつけました。今年は、虫取りの労力をお金で補うことにしました(笑)防虫ネットの中に200株。ネットなしで100株。

白菜は、11月~3月上旬にかけての4ヶ月強の間、出荷の予定です。月に100セット強の出荷で、400株。でも、キャベツもあるので毎回両方入るとボリュームがありすぎるという方もいらっしゃるので、350株くらいが妥当です。ということで、あと50くらいは植えつけます。ムシに食われてだめになるものもあるので、そうなると、400は欲しいかなあ。苗は多めに育てているので、ついつい欲張ってたくさん植えつけすぎてしまいます。そんなこんなで気がついたら450位は植えることになりそうです。しかしそれだと多すぎるかなあ・・。

多すぎたら鶏さんの冬場の貴重な緑餌にもできるし、それはそれで構わないのですが、アブラナ科のものばかりに面積を使うと畑のバランスが崩れるので、問題といえば問題です。なんでも、いい塩梅、というのが一番難しいですね。去年のノートを見ればそのあたりの塩梅もわかるのですが、去年は記録し忘れてました。つめが甘い!(笑)

レタスも。けっこう乾燥に強いです。

090907レタス

今年の秋冬のメインの畑。

090907はるお畑

写真手前、入り口付近は水が溜まってしまうので、とりあえず何も植えていません。冬に土木工事をして、畑全体を有効に、楽に使えるようにする予定です。
ちなみに今植わっているものを言うと、白菜、キャベツ、ブロッコリ、大根、かぶ、キューリ、ツルムラサキ、人参、ネギ、とうもろこし、枝豆、かぼちゃ、サツマイモ。少量多品目栽培の畑は賑やかです。



日中の暑い時間帯を利用して、事務仕事やら雑用を済ませています。今日は、近くの高森の町まで買い物に。道すがらの阿蘇の山々と農道の眺めも、残暑!といった雰囲気です。


090907阿蘇

2009年09月07日 田畑 トラックバック:0 コメント:0

縦糸と横糸

9月3日(木)

相変わらずカラカラ天気が続いております。

今日は、曇りの一日。夕方に、ぱらぱらと、ほんのちょっぴり雨が降りました。

白菜やキャベツの苗を定植しようかなあ、と思案。でも苗がほんの少しまだ小さすぎるのと、もう少しきちんとした雨を待つということで、畦草刈の一日としました。でも、こういう判断をしたときに限って、結果的にろくに雨は降らずに、水をやりながら、日よけをしながらの、手間が何倍にもなる定植作業になるものです。マーフィーの法則というやつですな(笑)。


ぱらぱら雨のあとの阿蘇南郷谷。だんだん秋の色になってきています。

090903南郷谷

庭先のアオツヅラフジの葉にて。ヒメエグリバという蛾の幼虫。ムシの名前を調べたら、食草がアオツヅラフジ、ということで、そちらの名前も判明。あー、すっきりした(笑)

090903ヒメエグリバonアオツヅラフジ



さて、本題。

人との出会いは旅のようなもの、と感じることがあります。
日常生活ではなかなか得られないようなアイデアやインスピレーションを与えてくれるのは、人との出会いも、旅も、同じです。

岐阜から阿蘇に遊びにきていたH夫妻とご縁をいただきました。

H夫妻は、岐阜の、名峰白山のふもとの石徹白(いとしろ)という地区に住んでいるとのこと。ふむふむ、いとしろとはどこにある?どんなとこ?という会話から始まり、話を伺っているうちに、いろいろ「おっ、」と感じるものがありました。

彼らは、マイクロ水力発電の普及活動をしているとのこと。ダムなどの大規模インフラに頼ることなく、農業用水や小規模河川などで小さな発電機を設けて、家庭や集落単位でエネルギーが自給できたら素敵だよねえ、ということで、なるほどーとなりました。

日本のように水資源が豊かな場所では、風力発電や太陽光発電より小規模水力発電が適している土地がけっこうあるそうです。なにせ、風車は風がなくては回らず、御天等さまが顔を出さなくてはソーラーパネルも意味がありません。でも、水力発電は、24時間発電し続けるというわけです。

わくわくするたとえ話も聞きました。仮に、100世帯ある過疎の村があるとします。ひと家族あたり、電気、ガス、ガソリン、暖房費などで月平均2万円支払っているとします。すると、年間あたり、村で2400万円のお金が電力会社や石油会社などの「村の外」に流れているということになります。

その2400万円を、村の中で循環させることができたら素敵です。きっと、雇用が生まれて、都会生活で村のよさを再確認した若者達がUターンしたりIターンしてくることでしょう。

村の中には、間伐が必要な杉林や、小規模発電に適した水路がたくさんあります。薪をとるためのクヌギ林もあります。そのような眠っている資源を活用するための、仕組みづくりや機械の設置やメンテナンス、そして運用のための人件費として、2400万円があれば、何人の若者の雇用が生み出せるのでしょか。田舎での暮らしは基本的な生活費が都会と比べて安くすみます。仮に100世帯の村に、5世帯の若い家族が移り住めば、どんな施策よりも確実に村を元気にすることでしょう。

また、夫妻は現在、無農薬無肥料の野菜作りの見習いをされているとのこと。

そして、新婚旅行でブータンに行った時のお話を伺い、これまた「おおっ!」と目からうろこ。経済の豊かさを計る国際指標である「GNP」からは一歩身を引いて、シアワセ(HAPPINESS)を計る「GNH」という概念を掲げて、本当の豊かさを目指してきたブータン。大量生産大量消費の外国文化・都市文化が流入してきている今でもなお、自然と調和した暮らしの豊かさに矜持を持ち、「あえて田舎に住む若者」のほうが多いそうです。

僕が始めて農業というものに接したのが2003年のことでした。栃木のアジア学院というコミュニティーに居候してました。それ以前は、頭で「豊かな暮らしとはどんな暮らしか」と考えてばかりでした。ずいぶん本も読み漁りました。ヒントやアイデアを求めてあちこちを歩いたりもしましたが、歩けば歩くほど、表面的なものをみて「わかった気」になってばかりになっていました。

これじゃいかん、「知識」ばかり増えて「知恵」がつかんわ、と思い立ち、同じく栃木のウィンドファミリー農場という場にご縁をいただきました。ウィンドファミリー農場で「体で」勉強させてもらって、そして、今での阿蘇ライフに至ります。「答え」を探して生きるのではなく、「答え」を生きることが大事だと、教わったことが、今になって思い出されます。

暮らしという「縦糸」をしっかりしたもの、そう、地に足をつけたものにすればするほど、他の方との出会いや、本で得られる知識や、旅先での学びという「横糸」もしっかりしたものになるのでは、と思うようになりました。

本当は、「横糸」は生きていくうえで、そんなに要らないのかもしれません。隣のおじいちゃんおばあちゃんは、90歳をすぎた今でも、元気に畑仕事に汗をかいています。ふっと時折口にする何気ない言葉は、すごく聡明で哲学的であったりします。無駄な知識にとらわれていない、農夫の生命体としての強さや美しさを感じます。

しかしながら、この豊かな時代に生まれた僕としては、シンプルに暮らしたいとは願いつつも、やはりどこかで「横糸」での学びや気づきの時間を持ちたいと常に願っています。今の暮らしでは、目の前の畑仕事の慌しさや、生きものの世話でなかなか遠くへの外出はできません。もちろん、目の前のことに追われる今の暮らしは、「縦糸」が、とても太いものになっていっていくのを毎日感じられて、楽しいものです。感謝感謝です。でも、それと同時に、やはり、どこかで「横糸」の時間を押さえ込んでいる自分がいます。

見渡す限り、地平線の果てまで、人の姿が見えない大草原に、二本の足でたつ。
宇宙と地球との狭間。生きものの生存が許されるぎりぎりのところに身をおいて、命の輝きを感じる。
山なみの奥の奥まで続く巡礼路を、家族と馬とともに、歩く。
狩猟採集の森の民と、時間をともにする。
天体航海術で、太平洋を鯨のように旅をする。

そんな時間を、人生の、どこかのポイントで持ちたい、と強く願っています。
農業に出会う以前は、自分という布の「縦糸」と「横糸」のバランスが悪くなっていたように思えます。自分自身の本当の「暮らし」といういうものを持っていなくて、いつもふらふらと「答え」を探してばかりいたから、旅先での体験も、いつもなんとなく消化不良のような感覚がありました。

今の暮らしを続けていけば、きっと、いつかまたそういう時間を得たときに、依然とは比較にならないほどに深く、学び、感じることができる力やセンスを得られるようになると確信しています。日常にどっぷりはまればはまるほど、非日常の世界もまた深くできると思うのです。別の表現をもちいるのであれば、そうだなあ、暮らしを楽しめる人ほど、旅も楽しめる。あるいは、暮らしを楽しめる人ほど、本や映画や舞台の世界も楽しめる、ということなのでしょうね。

そして、「横糸」での学びや気づきをエネルギーにして、日常の、人間関係やお金の修羅場も(笑)、しなやかに乗り越えていければ素敵です。


気がつけば、またいつものように危険な(笑)支離滅裂脱線モードに入ってしまいました。

とにかく、僕はブータンに行きたくなりました。何年後になるかわかりません。でも、今のスタイルの農業をしていたら、無理だ、と思い込んだら、おそらく無理です。逆に、難しいとわかっていても、いや、なんとかして、いけるように段取りする。行く!と思い込めば、行けるものです。おそらく。多分(笑)

自由は、制約の中にあります。なんとかなりそうもないことを、なんとかするのが一番面白いものです。そして、精一杯やれることをやったら、なんとかならなくても、シアワセは得られます。

はい、今日の結論。いいインスピレーションを与えてくれたH夫妻、ありがとう。場に呼んでくれたO家、いつもありがとう。

リンクです。

アジア学院

石徹白マイクロ水力発電事業のブログ

石徹白区公式ホームページ いとしろびと


2009年09月04日 日々の暮らし トラックバック:0 コメント:0

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