中途半端

9月30日(木)

午前中は雨、午後も曇天の一日でした。

だらだらと雑用。出荷少々。いろいろ追肥少々。明日の出荷用意。思い切って「休み!」という感じにしてしまえばよいのに、中途半端感いっぱいdayでした。悪い癖だなあ。


昨日の夜、友人に誘われ、熊本市内で行われた学習会に参加してきました。

EPO九州と、環境ネットワークくまもとが主催する、生物多様性をテーマとする学習会。今回のテーマは「八代海の多様性は今 ~水鳥たちの暮らしより~」。講師は、日本野鳥の会熊本県支部の高野さん。高校の先生をしながら、長年八代の海と里の鳥を観察・調査し続けておられる方です。

100929勉強会

普段、「学習会」や「勉強会」と名のつくことに参加することのほとんどない生活です。綺麗に分かりやすくまとめられたレジュメを頂き、「うわっ、こういうの久しぶり。分かりやすい。面白いっ」と、テンションが上がってしまいました。

100929資料

有明海や八代海の干潟は、野鳥の生息環境として、とにかく貴重なのだそうです。餌となる生きもの(エビや海や微生物などなど)が豊富だから、野鳥が来るとのこと。港湾の造成や、赤潮の影響などで、野鳥のための環境は悪くなっているそうです。ほとんど有明海にしかこなかったツクシガモが八代海にも来るようになったことが、諫早湾の干拓の影響なのではという話もあり、ふむふむ、なるほど、連続でした。

特に、世界で2500羽しかいない絶滅危惧種、クロツラヘラサギに関するお話は秀逸でした。「観察」と一言でいうのは簡単だけど、深めていくとすごい世界だな、と文系人間としてはびっくりの観察データでした。今年の2月に探鳥会で八代海で越冬中のクロツラヘラサギを実際に見ることができたので、お話に実感を伴わせることができてよかったです。興味がある場所には、まあとりあえずなにはさておき足を運んでみるものだなあ、と改めて思いました。


というような、充実の時間の反動か、先述の通り今日はだらだら。先日図書館で借りていたDVDが面白くてやめられずに、雨も降っていたので朝からはまってしまいました。朝いちではまってしまった後の出荷用意やら鶏の世話やらは、気分が乗らずに困ってしまいました。やっぱ朝はしゃきっと働かんとリズムを作れませんな。

ちなみにDVDは、NHK土曜ドラマの「氷壁」。ご存知の方も多いと思います。長くなるので書きませんが、面白かった~。山をほんのちょっぴりかじった者としては、クライミングシーンにはちょっと突っ込みを入れたくなるところもありましたが、それもなんのその。ヒューマンドラマバンザイ!

で、リズムの悪さを断ち切るべく、夕方にふと思いつき。「よし、山に行こう。」外輪山のはしっこ、北向山に行くことにしました。秋雨に誘われてキノコも出ているかもしれないなあ、と思ってちょっとわくわく。

俵山の展望台の駐車場に車を止めて、作業道を歩き始めました。が、しばらく歩くと、視界に入るのは延々と続く藪。藪。藪。ありゃりゃ。以前、冬に一度偵察に来たときには草が刈り払われて道らしきものがあったのですが、獣道らしきものがあるのみ。以前目にした道は、猟の時期に、猟師さんが整備する道だったようです。まだ猟のシーズンに入ってないので、背丈を越える藪、藪、藪、というわけです。こりゃお手上げ。藪こぎしてまでいくほどのテンションはありません。

というわけで、小1時間ほど歩いたのみで帰宅。うーん、なんなんだ~、今日のこの中途半端感は。

でも、

風車ごしに、雲仙の山まで見えました。

100930風車


ちょっと疲れが溜まっているのかな。今日は、久しぶりに温泉でもいくかな。こてこての硫黄のお湯に浸って、さっさと寝よう。まっ、こういう日もあるや。よしとしましょう。

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2010年09月30日 日々の暮らし トラックバック:0 コメント:0

肉球

9月28日(火)

秋晴れの一日でした。最高気温22度。とてもよい季節になってきました。

出荷8箱、ヒヨコの餌混ぜ、キャベツや大根の草取り土寄せ、畦の草刈り。淡々ぼちぼちといい感じで働くことができました。

畑の様子。

右から人参、レタス類、ネットの中にキャベツや白菜、小松菜などなど。今日のセットにはサニーレタスが入りました。よくぞあの残暑と雨不足の中でそれなりに育ってくれたものだなあと感心してます。

100925畑

玉ねぎの芽も出揃いました。よしよし。11月の中旬か下旬ごろに、広い間隔に植え直します。収穫は6月です。お箸くらいの太さの苗に仕上がればベストです。さてはて、うまくいくかな。

100925玉ねぎ

こちらはネギ。手前は下仁田。奥は九条。あともう少ししたら入れ始めます。

100925ネギ


柿の落ち葉についていた、イラガの幼虫。とげとげがキュートでたまりません。さされたら痛いので要注意。

100925イラガ

イラガの繭は、ファンタスティックです。ご存知の方は、ふむふむ、そうだそうだ、と同感のことと思います。ぜひ、繭を作る瞬間に立ち会いたいものです。と、ふと思いつき、虫かごへ。新しい柿の葉を入れたら、もりもり食べはじめました。ちょっとした楽しみができました。



気がつけば、だんだん落ち着いてくる時期・・・。


日の出前に起きて、お茶をすすりながら読む新聞。

ゆっくりかんで食べる玄米。

腰の様子をみながらだけど、ぼちぼちと走る距離が伸びていくこと。

昼ごはんを食べながらちょびちょびと見ている映画。

となりの婆ちゃんの手のぬくみ。

おすそわけでいただくみかん。

「ご飯食べようよ」の電話。

それなりにだけど、一応すっきりと片付けている家。

レオさんの肉球。

ストーブの薪の段取り。

ホークスの優勝。

冬瓜のスープ。



そういう小さなものに、ちょっとずつ、ちょっとずつ、淡々ぼちぼちなヨロコビを感じられる季節になってきたみたいです。政党の言葉ではないけれども、なにはさておき、『暮らし』が一番。暮らしがすっきりシンプルに収まっている時には、気持ちも安定します。プチ躁でもプチ鬱でもなく、フラットな感じ。妄想にも負けませんわ。椛島にしては珍しい。何日もつかな(笑)。まあ生活していれば、そういう状態に持っていくのが難しいときが多いけど、なるべくなら、ほどほどにフラットな状態、ニュートラルな状態でありたいものです。スロー、スモール、シンプル、ニュートラル。まずは、そこから。

強いて言えば、基地問題も、環境問題も、雇用の問題も、意思不足の問題も、ココロの問題も、そして、嫁探しも(笑)、

とにかくまずはそこから。自分の足元から。答えは、他のどこかや誰かではなく、自分の中に。自分の中から。


こういうやわらかな初秋の日には、素直な気持ちになれるのかな。なかなかいいものです。また来年の農繁期にはすっちゃかめっちゃかになるのだから、それまで冬の間は落ち着いた暮らしを楽しんでいくことにしましょう。よし、今日もお疲れ様でした。

2010年09月28日 ひとりごと トラックバック:0 コメント:0

まっ、いっか

9月24日(金)

秋晴れの一日でした。朝の最低気温は13度。一気に秋めいてきました。

今日は、出荷作業の調子が悪く、朝から昼過ぎまでてんてこ舞いでした。ヤマトさんが集荷に来る時間まで間に合わず、久しぶりに営業所まで持ち込み。午後いちばんで、来客。ご紹介を受けて野菜を買いにきてくださった新規のお客さん。紹介が紹介を生むものだなあ、一期一会はほんとに大事だ、といつものように実感。一息ついたら3時。そこから、鶏の餌混ぜ、ニラの定植用意。ご近所配達。

出荷のてんてこ舞いに引きづられたせいか、一日中、なんだか気分がのらずに久しぶりのプチプチウツウツdayでした。いや、気分がのらなかったから出荷作業もイマイチだったのかな。まあ、どっちでもいいや。ここのところやたらと調子がよかったので、軽い反動でしょう。まあ、予定通りといえば予定通り。計算済みといえば計算済み。

こういう日は、いつもにもましていろいろしょうもないことを考えてしまいます。でも、一日の終わりに、「まっ、いっか」という感覚を思い出せたら問題なしです。「まっ」と「いっか」の間には、いろんなものが横たわっています。出来事、人間関係、お金、不安、慢心、感情、妄想、欲、自我肥大、自分の努力でどうにかなること、どうにもならないこと。それらを全部ひっくるめて、まっ、いっか。というわけです。

僕にとって、ちょっとした魔法の言葉です。わりと効き目があります。こうやって書くことでかなり強引に「まっ、いっか状態」に持ち込むというテクニックがカバシマ流ではあります。時間がかかる、目が疲れる、という副作用もあるのであまりお勧めはできない手法ですけどね。とにかく、あんまり語呂がいいので、何の予定もないけど娘が出来たら「まいか」と名付けようかな、漢字はどうしようかな、などとまた妄想が膨らんだりしております。我ながらアホたれですわ。



野菜セットが、少しずつ秋めいてきました。

夏はニジュウヤホシテントウにやられて散々だったナスが復活してきました。つやつや!

100921ナス

小松菜や、大根やカブの間引き菜も入れています。

100921大根葉

ちなみに来週の中身は、

卵、ジャガイモ、玉ねぎ、間引き人参、小松菜、リーフレタス、インゲン、四角豆、ナス、ピーマン、ツルムラサキ、といった感じです。キューリ、ゴーヤ、モロヘイヤ、さつま芋、カボチャ、冬瓜なども様子をみて入れていきます。



蛇足。

先日、愛車スーパーカブの後輪がパンクしました。

100924カブ

前輪と違い、後輪をはずすのはひと苦労です。パンク自体は近所のバイク屋さんにもっていき、あっという間に安く治してもらいました。が、タイヤを付け直すのが大仕事でした。バイクに限らず、機械全般に弱いなあ~、と改めて自覚のひと時でした。それでもまあなんとか上手くいき、ついでにオイル交換とチェーンにグリース。車体も磨きました。ほんとに久しぶりのカブメンテナンスでした。

最近は近所でしか乗りませんが、阿蘇に来る前にはいろいろお世話になった相棒カブさんです。東北や北海道の農場めぐりやら、栃木の研修先から九州への帰郷も一緒でした。広島から福岡まで一日で戻った時はさすがにきつそうだったなあ。富士山でツアーガイドのバイトをしていたときは、ふもとの富士吉田の町から五合目までの標高差1500メートル位をしょっちゅう行き来してました。あれも相当過酷だったはずです。よく頑張った!

にもかかわらず、いまだにエンジンはピンピン。あっぱれスーパーカブです。また久しぶりに、カブ旅に出たいなあ。ま、いつの日になるかわからんけど。

久しぶりのメンテのあとのカブさんは、こころなしかエンジンの音も軽やかでした。ココロがあるわけではないのだろうけど、なんとなく嬉しそうな感じ。こういうのも、たまにはいいもんです。



まあ、そういうわけで、いろいろ感じてココロが忙しい我が身であります。そして、どうしようもない程に書きたいことが浮かんできてしまうのでいつもの通り支離滅裂、徒然、です。まったくしょうがないなあ。


でも、まっ、いっか。

2010年09月24日 今週のお野菜 トラックバック:0 コメント:0

稲刈り&甘太郎

9月21日(火)

蒸し暑い一日でした。これで最後の残暑かな。

午前中に出荷8箱を終わらせて、午後は明日明後日の雨にむけての種まき。大根、カブ、ほうれん草、など。夏野菜と違い、冬野菜は管理にさほど手がかからないので、ついつい何でも多めに播いてしまいます。気がつけば、畑の空きスペースがギリギリになってしまっていました。種まき&植え付けは、あとはニラ、ニンニク、玉ねぎ、冬越しキャベツ、えんどう豆、水菜やほうれん草などをあともう一回、を残すのみです。けっこうのんびりモードに入りつつあったのですが、少しだけ勇み足だったようです。もうちょっと頑張って、はやく種をまくスペースを用意しないと気持ちが落ち着きません。がんばれ、かばしまさんっ!



昨日は、自家用コシヒカリの稲刈りでした。

今年は刈り取り&結束のバインダーという機械を借りてきたので、楽でした。雨が少なく、田んぼが乾いていたのもラッキーでした。というわけで、去年と違い、ご近所助っ人さんと少人数での作業も楽しいものでした。

100920稲かり

右手に、彼岸花が少しだけ咲いています。今年はなんだか少ないみたいです。

田んぼの雑草、コナギの花。雑草と呼ぶには惜しい可愛さです。

100920コナギ花

タイコウチ。2~3年生きるそうです。冬越し準備中かな。

100920タイコウチ

お手伝いに来てくれたMさんの、お手製の手甲。靴下です。センスと遊び心を感じさせる主婦の知恵は、周りの人をシアワセにします。

100920手甲

農作業、という行為。そして、畑や田んぼという「場」。その中で、僕の存在が縁となり、人と人が知り合い、縁を広げていくのは、なんだかとてもほんわかしたものを感じます。風の匂い。ここちよい作業の疲れ。虫の音。そういう場。何かと気を使ってしまうこともある僕が、そういう「場」では、来てもらった人に気を使うこともなく、「場」が「場」を作ってゆくのをゆったりと感じてみたりもします。

自然の力を借りて、そういう「場」を膨らませていけたらいいなあと、ちょっぴり思っています。そしてまた、自分という存在も、何かのための、誰かのための「場」であれたらなあ、と思います。そういう心境で毎日生きられたら、シアワセなのかもなあ。ま、道のりは遠いな。とりあえず、今出来ることをぼちぼちやらんとね。



最後に。

我が家の甘太郎君。

100919甘太郎

この夏ずっと、お風呂場に居ついているニホンアマガエルです。いつも窓を開けているので、餌となる虫を捕まえやすいのかな。窓の外に放しても、またすぐに戻ってきます。つい、命名してしまいました。アマガエルなので、アマタロウ。漢字で書くと、甘太郎。いいでしょ。

でも、はたしてオスなのか、不明です(笑)。蛇足だけど、大学の最寄り駅の近くにあった甘太郎という居酒屋で酔っ払って大騒ぎして追い出された記憶があります。あの頃は若かったなあ。月日が流れるのは、早いもんですなあ。


2010年09月21日 田畑 トラックバック:0 コメント:2

開き直りの秋の夜長

9月18日(土)

現在、深夜12時半です。まだ頭が冴えて寝付けそうにないので深夜ブログ更新です。ちょっと困っています。今日は、仕事のあとに消防の集まりがあり、自分としてはまあまあの量のお酒を飲みました。そしたら、しばらくしてから酔いが覚めて来て、そうなるとかえってまったく寝付けなくなったというわけです。ここのところ、こういうことが多くてまいってます。普段ひとりではほとんど飲まないか、ほんの少したまに飲むくらいです。でも、人が集まったときにちょっと多めに飲むと、毎度このパターンです。おっさん化し始めているようですなあ。

明日は早く起きてバンバン稲刈りをすすめようと思っていたのに、きつそうだなあ。でも、眠れないもんはしょうがないです。開き直って、秋の夜長を楽しむ所存です。4時くらいには眠くなるかな。明日はネブソクイネカリを堪能するしかないようです。よし、これを書き終わったら部屋の掃除をして、本でも読むかな。開き直りバンザイです。

今日は、久しぶりの探鳥会、出荷少々、稲刈りのための機械借り&皆で機械のメンテナンス、稲刈り少々。

近所のK家の子供と、ヒヨコ。

100918ヒヨコ

夏休みの自由研究で、椛島農園卵を孵化させました。今のところ、部屋の中で完全ペット化しています。村営住宅にお住まいのK家。「飼いたいんだけどね~。どうしようか。とりあえずもう少しこのまま様子見よう」とのこと。どんな展開になるのか、ちょっと楽しみ。

100918ヒヨコ2

親鳥にはない羽根の模様が出ている奴がいます。メンデルの法則ですね。隔世遺伝が現れています。面白いです。それにしても、ペットひよこは可愛いなあ。

椛島ヒヨコの様子。餌やりや水遣りのために1日に3、4回は鶏舎に入って様子をみているのですが、そのたびに飼い主にビビってます。最初は何も分からないで人を怖がることもなかったのですが、一番肝心な初日、2日目、3日目くらいにちょうど白菜の定植などと重なり、本当に最低限しか面倒を見てあげませんでした。

その間にすっかり「自分達だけの世界」を作ってしまった80羽のひよこ達は、いつのまにか小心者さんになってしまいました。雛をいれるたびに繰り返されるパターンです。うわ、また今回もやってしまった~。という感じです。まあ、そのうち慣れてくるので特に問題ないのですが、いちいち飼い主の登場にあわてる様には参ってしまいます。「おいおい、頼むよ~、いいかげんにしてくれ~、なついてくれよ~」とぼやきながら餌をあげております(笑)。



野草園にて。

ツリフネソウ三兄弟。

ツリフネソウ。船を吊ったような花の形というネーミングです。

100918ツリフネソウ

葉っぱの下に花が咲く、ハガクレツリフネ。

100918ハガクレツリフネ

キツリフネ。

100918キツリフネ


はい、そんなこんなで取り留めのない内容の更新でした。さて、部屋の掃除でもしますか。ではでは~。

2010年09月19日 日々の暮らし トラックバック:0 コメント:0

9月16日(木)

快晴の一日でした。ちょっと暑かったです。


昨日、玉ねぎの播種をしました。去年が、11日の播種。結果的に、少しとう立ちが多くて、早すぎたかな、という感じ。なので今年は15日。ドンピシャのタイミングを掴むのは、年によっても異なるし、難しいものです。
苗はとにかく多く作るにこしたことはないと思い、調子にのってたくさん播いたら、苗だけですごい面積になってしまいました。「おいおい、どうするのこんなに~」とひとりで自分につっこみながら覆土してました。

今日は、畑に少し余裕が出てきたので、思い切って納屋と家周りの大掃除。ゴミセンターにいろいろゴミの持ち込みをしたり、燃やせるものは木っ端は燃やしたりしました。おかげで、かなりすっきり。気分もすっきりです。あとは、例年通りの中学生の農業体験学習の事前打ち合わせ。

この夏の反省として一点。とにかく、仕事量が多すぎ。夏に踏ん張れば、冬の間は出荷だけしていれば、あとはぼちぼち農閑期的な楽しい暮らしが待っています。でもそれを可能にするには夏を乗り切り、稼げる状態にしておかないといけないわけです。冬ののんびりは夏のふんばりにかかっているのです。

で、考えたこと。そもそも、どう考えてもひとりでは無理な仕事量を設定してしまっている。これでは、精神状態がおかしくならないほうが変ですわ。今年もほんとによく頑張りました。そこで、決めました。来年は、WWOOFをします。Willong Woker On Organic Farm というシステムの略で、WWOOFです。直訳すると、オーガニックな農場で自主的に働く人。ということですかね。

WWOOFについて説明。受け入れ側の農場(や、オーガニックな組織。ペンションやら、陶芸家さんやら、いろいろのようです)と、そこで働きながら滞在したい旅人とが双方にWWOOFに登録しておきます。基本的には、旅人が一日6時間労働力を提供する代わりに、受け入れ側は宿泊場所と食事を提供します。そこで、お金のやりとりは一切発生しません。いろんな農場や空間を体験したいという旅人と、とにかく人手が欲しいという受け入れ側との相互扶助的システムです。日本はもちろん、世界のあちこちでけっこうメジャーなシステムです。

友人で、受け入れをしているところも数件あり、話を聞けば聞くほど、いつかやろう、と感じていました。いながらにして、世界中から旅人がやってくるというのも刺激的です。でも、いつかやろう、と思ってだらだら時がすぎてしまってました。それじゃあ、いつまでたっても実現しません。この夏のきつさが、いいきっかけを与えてくれました。いろいろ気を使うし、何かと大変なこともあるだろうけど、とにかく、やります。決めた。

なので、この先の農閑期には、とにかく家のリフォームをキアイいれてやります。旅人が快適に過ごせるような空間にしようと思います。なにかきっかけがないと、人は動きませんね。というわけで、そういう意思確認もふくめて、今日は掃除dayでした。

ちなみに、だいたいこういう話になると、「あほ~。だったらとにかくさっさと嫁ごばもらわんか~。」というつっこみを必ずいただきます。まあ、おっしゃるとおり。でもね、焦るといいことないです。ほんとに。ほんとに。全くもってほんとに(笑)。まずは、自分の「型」を磨いていこうと腹をくくっている今日この頃です。ん、ちょっと強気すぎるかな。だいたいこういう人が婚期逃すんだよね~(笑)。



四角豆、の花。

100909四角豆花

実。収穫も終盤となってきました。残暑の頃にばんばん実をつけてくれるので、夏野菜と秋野菜の間の端境期に重宝します。そして四角豆が終わる頃に、秋インゲンが実をつけはじめます。見事なバトンタッチ。ありがとう。お疲れ様、四角豆さん

100909四角豆



隣のじいちゃんの息子さんTさんが、バケツに水をためて何かしていました。

何をしているのかな、と見てみると…。



100909スズメバチ

スズメバチを洗っていました。蜂採りは、彼の趣味です。シーズン初物だそうです。焼酎漬けにするとのこと。そうそう、思い出した。僕が引っ越してきたときの引っ越し祝いも、蜂でした。蜂の子を炒ったものを「あんた蜂ん子たぶるね?」と渡してくれました。意外とおいしかったのを覚えています。

Tさんは、去年の今頃、大きな病気をして入院していました。退院してからも、しばらくはげっそりと痩せてしまっていて、大丈夫かなあ、と思っていたものです。でも次第に元気を取り戻し、今年は田んぼ作業も普通どおりにこなし、蜂遊びもこれまでどおりに出来るようになりました。去年の病気がまるで嘘のようです。

Tさんが入院していたころ、隣の婆ちゃんがよく口にしていました。「まあ、病気が病気だけん、戻ってこれるかどうか分からんたい。いのちに縁があれば、戻ってこられる。なければ、まあ、しょんなかたい。」

その言葉を聞くたびに僕は関心してしまいました。「ああ、すごい。こんな姿勢で生きていけたらステキだなあ。」と思ったものです。

近頃、その婆ちゃんの体調がいまひとつのようです。口にする言葉も少し弱気です。「いつお迎えがくるかのお」と言っておられます。僕が越してきたばっかりの頃、まだ体がしゃんしゃん動いた婆ちゃんは、とにかくおかずの差し入れをしてくれました。「昔はとにかく苦労しっぱなしやったけん、今が一番幸せ」が口癖でした。

最近は、体がきついせいなのか、その口癖があんまり出てきません。僕などには分からない、いろいろな思いや「覚悟」があるのだと思います。この夏改めて驚いたことは、そのように体がきついと口にしながらも、畑に立ち続ける婆ちゃん(と、爺ちゃん)の姿でした。

「ざまにゃあ。草だらけたい。昔はなんでんしよったとにねえ。うったおれてもよかけん、こればせにゃならん。こうやって、90年生きてきたとだけん」と、まだ暑い夕方にトマトの土寄せに汗を流す婆ちゃんの姿には、人が「生きもの」として持ちうる生命力をひしひしと感じてしまいました。耕す、種を播く、草をとる。そういうことは、爺ちゃん婆ちゃんにとって、顔を洗うとかご飯を食べるとかいうこととほとんど同じ位の、「当たり前」のことなのだと思います。

人が農耕を始めてから1万年あまり。人は、1万年もの間、隣の爺ちゃん婆ちゃんと同じように「当たり前」のことを当たり前にこなして生きてきたのでしょう。その「当たり前のこと」はもちろんきついことです。でも、現代社会で人々が感じているある種のきつさとくらべたら、精神的にはだいぶんましなのかもしれません。

農耕を始める前の数百万年の狩猟採集時代は、はたしてどうだったのか?という命題についてはいろいろ意見があるようですが、蛇足になるのでここでは触れないでおきます。

まあ、とにかく、爺ちゃん婆ちゃんは、すごい。ほんとに、すごい。としか言いようがないです。彼らのように品のある老い方をしたい、と今から(笑)思ってしまいます。

2010年09月16日 ひとりごと トラックバック:0 コメント:1

9年

9月13日(月)

雨の一日。最高気温23度。かなりひんやり、秋を感じる一日でした。

事務仕事、こまごまとした雑用、部屋の片付け、出荷の用意、散髪(といっても、バリカンで自分でボウズにするだけ)、といった感じ。あいまあいまの休憩で読書。雨の日は雨の日で、「やることリスト」をひとつひとつ終わらせていくのはなかなか気持ちのよいことです。


秋めいてくると、気持ちにちょっとずつ余裕が出てくるようです。ふと思いつきで「玄米食べよ」と頭に浮かび、午前中にご近所さんに機械を借りて自家米の籾摺りをしてきました。それから、土鍋で炊くこと2回。2升弱の玄米がタッパに小分けされて、冷凍庫に収まりました。こんなことしたのはいつ以来だろうかなあ。

せっかく有機農業で暮らしているもんが、忙しい忙しいとばっかり口にして、白米をろくに噛まずにかき込んでばかりというのも、いまひとつかっこよくありません。お行儀が悪いです。我ながらそう思います。ゆっくりと、感謝しながら、玄米をしっかり噛んで食べるようなおっちゃんになりたい。と、憧れてしまいます。

なので、まずはとにかく形から入ってなくちゃ、です。大事なことです。というわけで、久しぶりに炊いて食べた玄米は、おいしかった。タイミングよく、となりの婆ちゃんから漬物も頂いて、ラッキーでした。こういう、本当にちっちゃなちちゃなことで喜びを感じられる毎日でありたいなあ。


さて久しぶりに、自然観察の写真。

家の庭に、カラスウリが繁茂しています。カマキリが花の下で獲物を待ち伏せしてます。

100911カラスウリ

密をすうナガサキアゲハ。

100911ナガサキアゲハ

スズメ蛾の仲間、ホシホウジャク(だと思います)。

100911たぶんホシホウジャク2

スズメ蛾の仲間のキュートなところは、ストローみたいに細長い口で蜜を吸う姿です。口の長さは種によって異なります。種によって訪れる花も大体決まっており、花のつつの長さにあわせて口の長さが決まるというわけです。はぁ~、虫ワンダーランドですなあ。お互いに、喧嘩することなく、うまいこと棲み分けをしているのですなあ。人も見習わないとね。

蜜をすっている姿。横から。ものすごい速さで羽を動かしてホバリングしています。花からけっこう距離があるこの位置から、口を伸ばして蜜を吸っています。この写真じゃ分かりにくいなあ。うーん、いいカメラがあればっ、と思ってしまいます。カメラのせいにしちゃいかんかな!?

100911たぶんホシホウジャク

アオイトトンボの雌。

100911アオイトトンボ雌




蛇足。

2001年の9月11日から、9年が過ぎました。

あの時僕は、東京で会社勤めをしていました。時は、ITバブル崩壊直後の不景気の真っ只中。大学卒業後、一年近くのアルバイト暮らしの後に「とりあえず就職して社会勉強しよう」と会社に入り、9ヶ月ほどたったところでした。会社は、就職情報サービス大手R社の系列の営業代理店。広告の代理店といえば聞こえはよいですが、営業兵隊部隊みたいな側面ももつ仕事でした。

このまま都会でビジネス社会の隅っこの方で生きていてもしょうがないなあ。都会は都会でいいんだけども、自分には合わないみたいだ。この仕事は、俺の居場所じゃないなあ。世の中にとって必要な仕事ではあるんだろうけど、俺がやるよりも、もっと適性のある他の誰かがやったほうが社会のためだぞ。これからどうしようかなあ、でもある程度は続けないとかっこ悪いしなあ。とはいっても、すさまじい勢いでみんなやめていくぞ、この仕事に今しがみつくことに意味があるのかな、うーん、まいったなあ。

ということばかり考えて外回りに身が入らず、ドトールでサボることを覚え始めた頃でした。甘い物好きの僕がいつも注文していたのは、ココア。あの時のココアは、まるでコーヒーのようになんだかほろ苦かったように感じます。

そんなある日、テレビで目にした衝撃の映像。そして、あくる朝会社に行って感じたある種の虚しさ。「テレビみたか、すごかったなあ。よし、それじゃあ今日もばりばりいくぞ。新規とってこいよ、シンキ~。」腑に落ちない何かを感じながら外回りのために山手線に乗り込み…。

飛行機が、ビルにつっこみ、何千人も亡くなったという事実。そこまでしなくてはならないほどに、マグマのように溜まってしまっていた人々の怒り。そしてそれを生んだ経済システム。格差。それは、複雑な糸をたどっていけば、かならず自分にもつながっているはず。でも、ニューヨークで泣き叫ぶ人の声と、営業部長の「新規とってこいよ」の声を、駅の喧騒の中でどうしてもつなげることが出来ない自分に気づき、はっと目が覚める思いがしたものです。「このままじゃ、まずいぞ。流されちゃだめだ。自分が生きられる場所をみつけよう。」


喉もと過ぎればなんとやら。多くの人がそうであるように、僕も、普段の暮らしの中では、その時の感覚をなかなか思い出せずにいます。でも、毎年この時期には、かならず思い出します。


日常の、些細な心配事。不安。

ああ、種をまくのが遅れた。あとあときつくなるかな。鶏が卵をあんまり産まない。どうやって調整していこうか。事務仕事ミスがあった。クレームを頂くかな。腰が痛い。ずっとこのまま痛かったらどうしよう。あちこちにいい顔しすぎて疲れてるな、俺。まったくしょうがない奴だ。支払いものが多いなあ。ついついいろいろ使ってしまうし、働いている割には、なかなか手元に残らんなあ。などなど。


そんなものは、9年前のあの日の「事実」と比べれば、屁のツッパリにもならない小さなことなのかも。人が生きていくうえで、本当に必要なもの、そうでもないもの、あってもなくてもよいもの、ゆずれないもの。何を恐れているのか。何を望んでいるのか。それらをひとつひとつを確かめてく作業を、時々はしたほうがいいのかも。

毎年、この時期には、そんな気持ちになれます。そういう清らかな気持ちは長続きはしないと分かってしまうのが痛いところですが(笑)。まあ、一歩一歩。気負わず、期待せず、めざさず。やれることをたんたんぼちぼち。ちっちゃなことに喜びを感じながら。「これを実現するために目の前の○○をやる」というよりかは「目の前のこれをやっていたら、○○が実現しちゃってた」という感じで。そして、自分のことでいっぱいいっぱいになってしまうときには、ほんのちょっとでも、心のどこかと時間を、誰かのために空けておく。

というのを、頭ではなく、理屈ではなく、感覚で、できるようになれたらいいなあ。と思ってます。どうしたらそうできるかは、まだ模索中。最近少しだけヒントが見えてきて、嬉しく思ってます。我流の処世術を磨いていくのは、わりと楽しいです。こりゃ、完全にただの趣味ですな。お金がかからなくてよいですわ(笑)。


ではでは。明日も、ぼちぼち、頑張って参りましょう。

2010年09月13日 ひとりごと トラックバック:0 コメント:2

ヒヨコ

9月10日(金)

今日もまた暑い一日でした。

今年もまたヒヨコシーズンです。昨日、山鹿の孵卵所に行って購入してきました。

本当は、年に2、3回はヒヨコをいれて、産卵数のムラをなくしたいところです。でも、何でもかんでもひとりでこなすとなると、やっぱり手間隙にも限界があります。育雛の手間と、鶏舎のスペースの関係で、うちでは年に一回のちょっとしたイベントとなっています。あと、暑さにつよく寒さに弱いヒヨコにとっても、今の時期は過ごしやすいです。気温が高すぎて病気の菌も動きにくいのも好都合というわけです。

しばらくは、木枠の中で遊んでもらいます。

100910いくすう

布がかぶっている奥の方には、保温のための電球をつけています。生まれてから3日間は、水と、玄米と草だけを与えます。最初に、玄米と硬いイネ科の草を食べさせることによって、粗食に耐えられる強靭な胃袋と体を作ります。この「最初に鍛える」、というプロセスが肝心のようです。他の、柔らかいものを知らないヒヨコさん達は、おいしそうに玄米をぱくついています。見ていて、あふれ出る生命力を感じるひとときです。

ヒヨコは、ケモノにとって格好の獲物です。一応、イタチやテンなどが入れないようにはしてあるので、大丈夫のはず。でも、やっぱり気になります。


という人の気持ちを知っててか、知らないでか、扉の向こうから哺乳類が一匹。

100910レオさん



でも、意外と興味なさそうです。もう、ヒヨコも3回目だもんね、レオさん。

100910レオさん2


さてさて、今回も無事にちゃんと大きくなってくれますように。頼みますぜ~っ。

100910ヒヨコ



2010年09月10日 にわとり トラックバック:0 コメント:0

青空

9月5日(日)

うっすら曇天、蒸し暑い一日でした。


朝のうち、人参の除草。

10時過ぎに家を出て、県主催の新規就農相談会に出かけました。パネルディスカッションのパネラーとして参加いたしました。

忙しい時期であるということと、あまりそういう場は得意ではないということで、お話を頂いたときはあまり乗り気にはなれませんでした。でも、ご担当の方がぜひぜひ、と声をかけてくださったので、お受けしました。昨年の暮れの有機フェスタでお話を聞いてくださってのことだそうです。

去年の暮れは熊本県の有機農業研究会主催のパネルディスカッション、しかも中堅~若手の新規就農者の声を聞くという場でした。今日は、県の主催で、しかも同席の方は新規就農の大先輩おふたりという場です。多数の農業法人の方と、農業法人への就職を希望する方、あるいは独立就農希望の方が見えていました。会場は、とにかく『農業!』『経営!』『施設園芸!』といった感じの雰囲気で、僕のように『自給自足の延長のようなへなちょこ農家』がここにいていいのかな?と感じてしまうほどでした。

時間が来て、各ブースで相談をされていた方が三々五々ステージ前の椅子に集まり、パネルディスカッションが始まりました。案の定、僕はマイクを手にして、ちょっと困ってしまいました。うわっ、何を喋ればいいのか。おもわずうわずってしまい、どうでもよいことを口にしたり、やたらと大げさな表現を多用したり、しどろもどろになっちゃいました。いかん、今日はいかんぞっ。

「有能な人材が欲しい」とおっしゃる同席の大先輩のお言葉を聴きながら、「そうだよなあ、法人としてやっていくには、当然だよなあ」と納得。野菜の栽培にかける熱意や経験も、桁違いなんだろうなあ。僕の「まあ、儲かりはしないけど、潰れもしない農業です」「飢え死にはしません」「なんとかなります」「農業をはじめたのはたまたま。縁。田舎で地に足のついた暮らしをしたかったので、その手段」というあやふやな言葉とは雲泥の差です。同じ壇上にいて、恐縮しきりでした(笑)

なんで僕はこの場に呼ばれたのだろうか、と話の合間に考えてしまいました。そして、出た結論。おそらく、この場に僕のような「ちょっとゆるい」人がいなかったら、場の空気がけっこうシビアなものになっていただろう。確かに現実は厳しい。でも、「こういう農業もありですよ」と言う若手が一人くらいいると、空気の幅が広がるというわけかな。

後で、ご担当の方にお聞きしたら、まさしくそのようなことをおっしゃっておりました。僕の存在価値もちゃんとあったようです。よかったよかった。

たまにこういう場に出ると、初心に戻れます。まあ、いろんな形の生き方、暮らし様、そして農業のスタイルがあり、僕の経験が、もちろんこれから新規就農するかた誰しもの参考になるわけではないです。でも、たとえ100人にひとりでも、「おっ、この人のスタイルは参考になるぞ」と感じてくれればちょっと嬉しいです。僕も、そうやってたまたまのご縁に救われてきたので、まあ、本当に微力ながら恩返し、みたいな感じでしょうかね。でも本当に場に居合わせたか方の100人に一人くらいかもなあ。それじゃあちょっと寂しいかも(笑)

夕方帰宅後は、近所に卵の配達、畑の草燃やし、トラクター掛け。7時には暗くなり、秋の足音を感じてしまいます。久しぶりにちょっと走り、ご飯を食べ、これを書き、あとは少し来週の分の事務仕事を終わらせてから眠りたいなあ。明日は白菜やキャベツの定植をがんがんやる予定。明後日からようやく雨のようなので、ちょっとキアイモードです。

そんなこんなで、まあ、欲張りな一日でした。明らかにすこしテンション高いな。プチ躁かな。反動が怖いぞ~(笑)。気をつけようっと。


最後に。

朝焼け。

100905朝焼

と、その直後の青空。秋を感じさせる雲。

100905朝焼くも


暑いながらも、確実に、地球は公転を続けているようです。何があっても確実に続く、四季という地球の営み。そこに、少しの焦りと、ほどよい安心感を覚えます。




今日も、明日も、明後日も、僕らの星は、まわり続けているんだなあ。

僕らの体も、地球と一緒に、回っているんだなあ。

2010年09月05日 日々の暮らし トラックバック:0 コメント:0

アンダンテ

9月2日(木)

今日も暑い一日でした。でも、最高気温は30度どまり。ありがたや~。

ジャガイモ掘りをいいかげん終わらせたくて、ご近所農家仲間Kさんに助っ人に来てもらい、ばんばん作業が進みました。これまた遅れに遅れていた春カボチャ後の片付け、畦草刈り、堆肥撒きなども進みました。これでなんとか作業の遅れを取り戻したかな、という感じです。

以前火事を起こしそうになってしまった畦草燃やしも、

100902畦もやし

コツを掴んできたようです。自己評価が低い傾向のある自分としては、なにかと「あんまり成長してなあ」といつも感じるのですが、ちょっとしたことで「あれ、意外と上手意なっとるみたいだな」と、感じられるのは嬉しいものです。

100902畦

黄昏時に、「いやー、よく動いた。よく頑張った」と、満足モード。思わず写真。

100902上畑2100902上畑

でもずれてました(笑)。



さて。

先日、旭爪(ひのつめ)あかねさんの「稲の旋律」を読みました。

稲の旋律

旭爪さんは、異色の経歴をお持ちの作家さんです。大学卒業後、会社勤めを経て、9年間引きこもりの生活を体験。その体験をもとに作家活動に入り、社会派の小説を世に送り出しておられます。

稲の旋律は、旭爪さんの代表作です。大雑把なあらすじは、こんな感じです。

主人公の千華は30歳の女性。子供のときからずっと「いい子」だった彼女は、親の期待に応えるべくピアノの勉強を続けていた。ところがふとしたことから大学に行けなくなり、バイトなどもうまく続かない状態になってしまう。社会との接点を失いかけていたが、30歳を前にしてようやく親のつてで就職する。しかしその会社もすぐに辞めてしまい、そのままずるずると引きこもり状態に入ってしまう。昼夜も逆転した生活となっていたある日…。

親に背中を押され、勤めていた会社にお詫びの挨拶に向かうことになった。だが会社のある駅で降りることができなかった。そのまま電車に揺られ続け、いつしか田園風景へとたどり着く。そこで、ゆれる稲穂を見て、心の奥の中かが揺さぶられた千華は、とあることを思いつき行動に移す。

今の自分苦しい気持ちをつづるSOSの手紙を書き、ペットボトルの中にいれる。そして、それを美しい田んぼのなかに「置いた」のだ。

しばらく後に、田んぼで手紙を見つけた百姓の晋平から、千華のもとに手紙が届く。ゆったりとした手紙のやりとりの中で、晋平は千華の抱える苦しさと、その原因となる家族との関係や、競争社会そのものの問題を考えるようになる。千華は、晋平の言葉から、自然と向かい合って生きることの潔さと、現代の「農業」が抱えている問題を学ぶようになる。

いつしか、千華は晋平のもとを訪れるようになり、農作業を手伝ったり仲間と触れ合ったりしていく中で、人としての力強さを少しずつ取り戻していく。

あとは、まあ、お決まりの恋物語か!?という感じではありますが、それは読んでみてのお楽しみ、ということにしておきますね。



旭爪さんは、この話を書くために、いろいろなことを相当に勉強されたのだな、と感じました。まさしく晋平さんの志している農業を実際にやっている自分としては、よく描写してらっしゃるなあ、と感心してしまいました。「いやいや、実際はもっとこうだよ」とか「そんなことやってちゃだめだよ」とか「ちょっと青くさい表現だなあ」などなど、突っ込みを入れたくなる箇所もありましたが、それを差し引いても、読みやすくて引き込まれる文章でした。

そして、何より千華の抱える心の問題も、ご自身の体験抜きには絶対に表現できないような繊細なものでした。読んでいて、痛々しく感じるほどに。読み込んでいくにつれて、感情移入している自分がいました。

映画化もされています。

アンダンテ

自主上映か、あるいはそれに近いような単館上映で、全国あちこちで上映されているようです。熊本市近郊ではまだなので、楽しみです。いつになるかわからないけど。

映画では、「アンダンテ ~稲の旋律~」というタイトルです。アンダンテ、とは音楽用語で「歩くような早さで」という意味だそうです。実にいいタイトルです。アンダンテ。いいなあ。


晋平の農業のような「場」。それは、千華のような人にとって、必要な「場」です。みんながみんなアンダンテでいってたら、今の社会は成り立たなくなってしまいます。完全に昔の暮らしに戻ることは、おそらく不可能です。でも、アンダンテでいきたいんだ、という人がリラックスして生きられる場が今の世の中にはあまりになさ過ぎるように思えます。怖いことに、それが国という単位ではなく、全世界の潮流として襲ってきているようです。経済成長という名の「信仰」が世界中の人々を包み込んでしまいそうに思えます。

でもそこに必要なスピードは、もはや「生きもの」としての人が耐えうるものでは無くなってきているのではないでしょうか。俺は「人材」ではなく、「人」だ。と、どれだけの人が声にならない声をあげているのでしょうか。

晋平の志す農業は、非効率な農業です。手間がかかります。有機とか、無農薬、循環型農業、と言葉でいうのは簡単だけど、それで生計を立てるとなると、また別の話です。でも、晋平のように、今の時代には「敢えて」そこに身をおく人がいます。「もっと自然のリズムの中で暮らしたい。」「田舎で子育てがしたい」でも、「田舎には仕事がない。」「じゃあ、農業だ。自給自足だ。」という考えが自然に頭に浮かぶというわけです。。実際、僕もそうですが、周りを見渡してみると、同じような考えをお持ちの方がとても多いなあ、と実感してしまいます。

はい、ここで、大きなジレンマです。

普通の農業で、勤め感覚のお休みと稼ぎを得ようと思ったら、なかなかアンダンテではいきません。少なくとも農繁期はてんてこまいの慌しさです。他に稼げる手段があれば、アンダンテでいけるのかもしれませが、大多数の人はそうではないようです。このジレンマをどう受け入れ、乗り越え、なだめすかし、開き直って、でもふてくされず、折り合いをつけて、笑いに包んでいくか。

まあ、やり方は人それぞれのようです。初期投資などで親を巻き込む。お金の代わりに精神世界を充実させる。とにかく「今」を生きる。とにかくとにかく働く。人がやらないことをやる。経営感覚を研ぎ澄ます。自給自足を徹底させる。カリスマ農家になって研修生さんの手を借りる。安定した職業のパートナーを得る。などなど。

あんまり真面目に考えてもどうしようもないので、やめておきます。まあ、みんなどうにかなっているし、それでいいのでしょう。さてさて、僕はどんな方向に転がっていくのかなあ。一歩引いてみると、わりと面白いシチュエーションのように感じます。大事なことは、まずはリラックスして流れにのるということなんでしょうね。といいつつも、リラックスか~、これがまた苦手なんだよなあ~(笑)


とにかくひとつだけいえることは、あまり多くを望まない、しなやかなココロさえ持てれば、「農」の在る暮らしはやっぱり素敵です。食べ物がある。ボーナスはないし、生きもの相手なのでサラリーマン的な「きちっとした休み」はほとんどないです。でも見方をかえればクビになって路上に放り出されることもないし、忙しくない時期には「やることは無限にあるけど、毎日が日曜日のようなココロモチ」ともいえます。何よりも、食べ物がある。それだけで、まあいいじゃないの、何を欲張っているの、といつも感じていられたらステキです。


僕が、農の世界はいいなあ、と思った大きな理由のひとつを、「稲の旋律」は思い出させてくれました。旅で訪れた農場や、研修でお世話になった農場で過ごした場の記憶が蘇ってきました。忙しさや「農業経営」のなかで忘れていた「農」の営みの豊かさを、肌が覚えていたようです。

皆で囲む食卓。
何気ない日常のトラブル。
生きやすい人はもちろん、生きにくい人がもっている「素」の優しさや美しさ。


農という舞台の上で輝くそんなことを、また見たい。感じたい。と、思いました。うーん、かっこつけすぎ!?(笑)


とはいえ、それはそれでとりあえず脇において、ちゃっちゃと仕事すすめんとね。今日のふんばりでだいぶん先が見えてきたことだしね。日もずいぶん短くなってきました。農繁期も、なんやかんやで7回表くらいにはきているようです。ホークスで言えば攝津です。馬原まであと少し。でも馬原がまたひやひやさせるからなあ。そこが面白いといえば面白いんだけどね。あっ、ご存じない方にはスンマセン(笑)。

とにかくまあ、そんなこんなで久しぶりに長くなりました。書くことで頭すっきりさせてるなあ、俺。忙しいといいつつもけっこう暇なのかな!?まっ、いっか~。アンダンテでいこうっと。少なくとも気持ちはね。



2010年09月02日 トラックバック:0 コメント:2

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