年の瀬の表現アートセラピー

12月31日(金)

寒波真っ只中。寒い寒い一日でした。最低気温-4℃。最高-2度。日差しがあるのに雪が解けないという光景に、「ああ、寒いんだなあ」と目からも感じてしまいました。

年の瀬的な雑用、忘年会、挨拶まわりに加え、最後の走りこみ、出荷、来客、消防団の夜警、さらには昨日は早朝にご近所火事の消火活動と、とにかくあわただしい数日間を終え、ようやく大晦日の晩にゆったりとなり、うれしいひと時です。

今年も、一年が終わります。はやいものです。世の中本当にいろいろありました。僕の暮らしも、気持ちも、まあぼちぼちいろいろありました。いつもどおりの充実の365日でした。ちょっとずつ、いろんなことが見えてきて、力が着いてきている感覚がします。自分の恵まれた環境とご縁に、感謝です。ほんとに。


今朝の畑の様子。見事に雪原となっていました。たまねぎの苗がつんつん頭を出しています。

101231雪

それでもなんのその。力強いね、ねぎさん。

101231ねぎとよみね


先日の一枚。

101229絵

たまたまのご縁で椛島農園に足を運んでくださったFさん。彼女は、表現アートセラピーという芸術療法を勉強しておられます。絵や、粘土造形、音楽など、いろんな「表現」を用いて、抱える課題や悩みを解決していったり、よりよく生きていくためのセラピーの手法だそうです。

「せっかくだからやってみましょう」となり、「今の気分、考えていること、過去のこと、なんでもいいから、とにかく描いてみてください」「うまいとか下手とかもありません」「ここでもいいし、他の場所にうつってもいいですよ」「とにかく、何にもとらわれずに、感じたままに」「利き手でも、利き手じゃなくても、好きなように」ということで、

居合わせた4人、おのおの描いてみました。ミニワークショップです。

その後、ファシリテイターの言葉にそって、それぞれの絵を見てどう感じたか、ここが素敵、などと意見を言い合います。描いた人は、それに対して、どういう気持ちで描いたのか、どんな気分だったか、などを振り返り、フィードバック、シェアリングしていきます。

その際に、技術的な上手下手などは関係なく、とにかくありのままの「表現」を評価していくことが大事なのだそうです。作品をありのままに受け入れる、尊重する、そのような意見を言い合うということは、結果的にお互いの存在そのものを褒めあうということになります。初対面同士だろうと、そんなものはなんのその、です。

例えば、今回出た言葉の数々。

やさしい感じ。色使いのバランスがよい。ぬくもりがある。深く、落ち着いている。軽やか。音楽が聞こえてきそう。海みたい。森みたい。空の上にいるみたい。おいしそう。つながっている感覚がする。エネルギーが伝わる。細やかな気遣いがでている。などなど。

気がつけば、なんだか「あ、私って、いいとこたくさんあるじゃない」という気分になってきそうです。ほんのちょっとだけの試みでしたけど、なんとなく、これは確かにジンセイにプラスになるかも、と感じました。



土が、水を、肥料を、吸うように。
これは役に立つとか立たないとか。
自分にとって必要だとか必要ではないとか。

そんなことは考えずに。

とりあえず

土が、雨や養分を吸収するように。
なんでも、新しいことはやってみる。

そして。

土の中の種が芽を出し
葉をつけ、大きくなり、やがて朽ちて
再び土に還るそのとき

土は、何も意図しないままに
自分自身で 自分自身を肥やしている。

あるいは

やってみたその何かを、忘れてしまった頃に、
そう、たとえば、何十年かたったころに
ふと、その芽が出てくるのかもしれない。
出てこないかもしれない。
でも、やってみないことには、
芽は、出てこない。

だから、何も考えず、やってみる。

それはきっと
とてもとても大事なことなのかも しれない。






というわけで、なかなか楽しい時間でした。

表現アートセラピーを検索すると、いくつか出てきます。ご参考までに。

アートワークジャパン 
表現アートセラピー研究所


「おお、面白い。素敵。とりあえず撮っておこう」と大盛り上がりの参加者一同。その光景が面白くてつい撮ってしまいました。

101229写真



さてさて。

来年が、皆様にとって、ステキな一年となりますように~。


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2010年12月31日 日々の暮らし トラックバック:0 コメント:0

年越しいのちの村

12月26日(日)

今日もまた、雪がちらつく寒い一日でした。

今日の朝日新聞の朝刊の記事で気になったことがあったので、一筆。まただらだら長いです。はぁ~、悪癖だ。いや、そればかりか、長文大好きというのは、ある意味では暇人ということの証ですな(笑)


さて。


「孤族の国 第一部 男たち」という特集記事がありました。真鍋弘樹さんという記者さんの署名記事でした。考えさせられました。何ヶ月も誰にも気づかれることなく、アパートの一室で迎える死。路上や車の中で、誰にも見取られることなく迎える死。そのような孤独死が、今の日本では急速に増えてきているそうです。

それは、今この国で起きている大きなうねりの一端が現れてきているものだ、とありました。高齢化、少子化、単身世帯の増加、未婚率の増加…。20年後の日本では、50~60代の男性の4人に1人が1人暮らしになり、50歳男性で3人に1人は未婚者に。という統計もあるのだそうです。

氏は論じます。会社という「擬似家族」の文化は半ば崩壊し、地域共同体はおろか、家庭の中でのひとりひとりも孤立しているという現状が目に付く世の中…。でもそれは、血縁や地縁というものにしばられず、伸びやかに個が発揮される社会を戦後の日本人が選び取ってきた結果の姿だといえるのではないか、昔に戻ることは難しいのではないか。問題は、現状では「個人を単位とする社会」にひたすら向かっているにもかかわらず、政策も人々の意識もまだ「昭和」や「高度成長期」にとどまていることにあるのでは、と。

文章はこう結ばれていました。
高齢社会化が一段と進む2020年。単身化がより深く広がる2030年。日本社会がかつて経験したことのない20年が目の前に続いている。残された時間は、決して長くはない。



うーん、重い記事でした。

田舎暮らしブームや、農業ブームにのって田舎に移住した僕としては、いろいろ感じてしまうものがあります。ほどよい田舎の当地で暮らしていると、記事がどこか遠い国の出来事のように感じられます。

周りを見渡しても、3世代同居や子供3人がごく普通の地域です。ちょっとしたベビーブームです。「まあ、なんとかなるだろ」という感覚でたくさん子供を産める環境は、本当に素敵です。消防団や野焼き作業は時には大変ですが、そのおかげで孤独死はおそらく起こりえない地域です。知らない人が道を歩いていると「あの人は誰だ」という目は受け取るでしょうが、それは地域の防犯力の裏返しとも言えます。

でも、そういう田舎の「わずらわしさ」がいやになり、そして「仕事」を求めて、僕の親の世代が作り上げてきた日本が、今の日本の都市社会です。

残念ながら、今の社会や経済の枠組みは、もうガタガタになり、機能不全に陥ってきているのは明らかです。どう考えたってお金がないのに、「あれもこれもやってほしい。頼みますよ、政府さん」と、予算計上のお願い合戦です。

「まあ、無いものは無いんだから仕方が無いね。我慢するか」とはならないようです。何かあれば、「国のせい」「学校のせい」となります。「まあ、運が悪かったね。仕方ない。まあ、でもこれだって長い目でみれば損か得か分からないしね。ぼちぼちいこうか」ということにはなかなかなりません。

いったい、この先世の中はどうなっていくのでしょうか。一歩引いた目線で眺めておかないと、やってられません。一歩引いた目線を持つことが出来れば、

まあ、わりと楽しい時代なのかもしれません。文明開化の混乱期、戦後の復興期、のような時代が、いよいよガタガタになって底をうったあとにやってくるのかも、と思うとちょっと楽しみです。

そういう時代には、いちばん大事なものがクリアに見えてくるのかもしれません。水。空気。土。森。それらが生み出してくれる、食べ物。そして、家族。隣人。

こんなこと言っていると「身内がよければ自分がよければあとはどうでもよいのか」という声も聞こえてきそうですね。うーん、難しい…。でも、どんなに世の中をよくしたいと思っていても、まずはそういうわが身の足元がおろそかなっていては何も始まらないのでは、とも感じている今日この頃…。

でもなあ。そんなでいいのか。お前はラッキーなだけじゃないか。そういって田舎暮らしはいい、とかなんとかいっているけど、みんながみんなそこにたどり着けるわけではないし、偏ったものの見方をしてるんじゃないか。とも感じてしまいます。こんなんじゃだめなのかなあ。これでいいのかなあ。重い記事を読んだあとには、うーん、なんだかよくわからなくなります。


でもでも。最後に。


同じく「ひと」の欄で、尾角光美さんという同志社大学の学生さんの活動が紹介されていました。

父親が会社経営に失敗して失踪、母親が自殺、という体験をばねにして、自死遺児らを支援する団体「リブオン」を主催しておられる方です。大晦日や元旦は、自殺を考える人や居場所の無い人にとっては孤立感を深く感じる一時のようです。暮れから元旦にかけて、きつい思いを抱えている人のために「年越しいのちの村」という集いを大阪市の應典院というお寺で開くそうです。

ご自身が苦しいときに寄り添ってくれた友人や知人の存在が大きかったそうです。「私のもらった温かい経験を社会に還元しよう」という思いが企画の出発点だったとか。

こういう話、なんだか、ジンときます。カバシマ的つぼです。

毎日新聞でも紹介されていました。記事はこちら

あと、應典院さんのHP。こういうお寺もあるんですねえ。なんだか、楽しそう。こういうのも好きかも。


まあ、自分の立ち居地をふまえつつ、やれる範囲で、やれることをやっていければいいなあ。とりあえず、そういうことでよしとしましょ。という気持ちの、再確認。それだけでも、今は、十分なのかもね。



寒い日の、ちょっとこころ温まる新聞記事。なかなか、いいものですね。こういう記事に出会った時にはいつも嬉しくなります。「よっしゃ、月に3000円の購読料、元はとってるぞ~」と思いながら、切り抜きをちょきちょき。ここちよい、得した気分のひと時です。

2010年12月26日 ひとりごと トラックバック:0 コメント:0

工事

12月25日(土)

寒い一日でした。最高気温が0度。か、マイナス1度位。冷えました。真冬の寒波到来ですね。

午前中は、お借りしているチェーンソーで、秋口にもらっておいたクスノキの生木を玉切り。昼に、ご近所に卵の配達に行き、午後はひたすら年賀状用意。

親が久しぶりに来ていたこともあり、一日中薪ストーブの火をつけっぱなし。凄い勢いで燃えて消えてゆく薪をみて、「こりゃ~、もうちょい気合をいれて集めんとなあ」と改めて感じました。

明日には年賀状がだいたい終わりそうです。この、先手先手の状況は、当地での4回目の正月ではじめてのこと。かなり嬉しいです。学生時代の後半から、アルバイト暮らし時代にかけて、正月は毎年山に入っていました。人付き合いも丁寧ではなく、筆不精でした。もらった年賀状に返事をだすことしかしなくなり、気がつけばどんどん枚数が減っていきました。

ある年のこと。1週間ほど山に入って、四畳半風呂なしの「島崎第2アパート」102号室に帰宅。雪の水気を吸って重くなった服やテントが詰まったザックを床におろし、ほっと一息。さて、年賀状でもきてるかな、と郵便受けに手をいれてみると、3枚ほどありました。

が、そのすべてがコンタクト屋さんなどからのダイレクトメール的年賀状でした。

ああ、虚しい…。

ちょっと切ない思い出です。

が、今年は約200枚出す予定です。もちろん、いただく枚数も増えてきています。人は、変われば変わるものですね。まあ、やりとりする年賀状の枚数と、その人の「価値」や「人格」は無関係なのものです。枚数が増えていくのは、嬉しいものでもあります。が、用意にかかる時間を考えると、ただ単純に喜ぶ、というものでもありません。なかなかいろいろバランス感覚が問われるところです。

でもね、久しぶりに来ている母のひとことに、「おおっ」と頭が下がりました。

「若いうちは、年賀状ぐらいどんどんださな!」

そうだそうだ。社会生活まっただ中の30台半ば。「年賀状を出す枚数を今年は少し減らすか」というような年齢ではありません。どんどん、ご縁がひろがってゆく波にのっていかないと、もったいないですしね。明日は、仕上げ作業をガンバです。




さて。

ご近所野中さん宅で、納屋の改修工事をしています。

物置として使っていた納屋を、部屋として使えるようにするため、壁や床を張っています。

施工は、天草の簡単生活さん。

ちょこちょこ見に行くたびに、「おおっ、このガラクタで一杯だった納屋が、心地よい居住空間に変化していっている!」と驚きの連続です。

101222のなか邸

101222コータ


何もないところから、何かが生まれる「ものづくり」のわくわくする感じ。

感性という形のないものを縁にして、つながっていく感じ。

自分自身で何でもかんでもやらなくても、お互いの得意分野を仕事として回していけばいいんだ、という感じ。




野中さんのお嬢ちゃんも、毎日楽しそうです。

101222りほちゃん

どう表現していいのか分かりませんが、なんだかすてきなものを感じます。仕上がりが、楽しみです。


2010年12月25日 日々の暮らし トラックバック:0 コメント:0

キノボリトカゲ

12月19日(日)

暖かい冬晴れの一日でした。

本日も、あっさり取り留めなく…、でいきます。



今日は、熊本市内の江津湖のバードウォッチングに行く予定でした。が、相変わらずの体調不良と諸事情によりやめておきました。「まっ、しょうがないか」と思っていたら、どんぴしゃのタイミングで「薪を運ぶのを手伝って」とご近所さんから声をかけていただき、「まあ、ちっとは体動かしたほうがいいかな」と思い、行ってきました。

朝8時に集合して、3人で阿蘇市の屋敷林へ。前の冬に切っておいたケヤキを玉切りして運び出しました。切る人。運ぶ人。ゆわく人。合間の焚き火と休憩。手も動かし、口も動かし。

ああ、なんてことない、ゆるやかな現場の雰囲気。いっぷく時の缶コーヒー。ああ。

これ、これ。この感じ。

久しぶりに、自分の畑以外の場所で、ほかの誰かと、体を使って作業をしました。土木のアルバイトを思い出し、懐かしく暖かい気持ちになりました。これはもう、サインです。ひとりで作業することがあまりに当たり前になってしまい、こういう雰囲気に飢えている自分がいる、ということに「はっ」と気づいてしまいました。情けないけど、認めざるを得ないようです。寂しい人と思われてしまうのがちょっと悔しい…(笑)




あたりまえのことだけど、やっぱ、人は、人とかかわっていかないとね。

巻き込んだり、巻き込まれたり。
迷惑かけたり、かけられたり。
呆れたり、呆れられたり。
怒らせてしまったり、怒ったり。
距離をとったり、とられたり。
慰めたり、慰めてもらったり。

きっと、それで、いいのだなあ。





薪も、ちょっとずつたまってきました。チェーンソーも借りたので、バンバン玉切りして、ぽんぽん割って来年の冬にむけて今から準備しておくことにします。薪の用意は、何だか、無心になれて、きもちがよいです。それにしても、田舎暮らしは、手間暮らし。やることが無限に沸いてきます。まあ、ありがたいことです。幸せなことです。その量が多すぎない時にはね(笑)。


さて。最近まともに写真をとってないので、文字ばかりで恐縮です。なので、こういう時は沖縄写真を小出しにしてみることにします。


西表島にて。キノボリトカゲ。の仲間。サキシマキノボリトカゲか、リュウキュウキノボリトカゲ。

101130キノボリトカゲ2

ペットにするための捕獲や、マングースなどの捕食によって、個体数が減ってきているそうです。気がついたら絶滅、なんてことがないようにしないとね。あ~、キュートだなあ。


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年の瀬の一夜

12月17日(金)

冬将軍到来。今朝はマイナス4度。昨日は最高気温で1度。冬本番近し、です。

今日は、出荷の箱詰めと、2週間に一度の下の町への配達。と、町に下りたついでに雑用いろいろ。


今日も、備忘のため、頭の整理のために、自意識過剰もりもりで書きます。読みにくくてすみません~。





先日の悪寒や腹痛は治りました。お腹にきたので「よもやノロウイルスか!?商売上ちょっとやばいか!?」とも思いましたが、下痢や嘔吐などは一切なく、詳しい人に尋ねても「そりゃ風邪でしょ」とのこと。

それでも、丸二日近くみかん以外の固形物を採らなかったり、回復後はその反動で一気に食べ過ぎたりと、お約束どおりの情けない状態であります。

それにしても、体調不良がちょっと長い。「うーん、本調子ではないなあ」という状態が、かれこれ1ヶ月以上続いております。去年の今頃もそうでした。まあ、普通に考えて、疲れているということでしょう。農繁期の疲れをとる時期に走ったりしているもんだから、免疫力がぐっと落ちていると考えているのが妥当です。

いやいや、自分はそんな状態にはならない。体力があるのだ!

というのは、どうも自分へのしょうもない期待と、思い込みのようです。




人というものは、見たくないものや気づきたくないことからは目をそらしてしまうみたいです。

そんな時、目をそらし続けると、漠然としたネガティブな感情が起こる原因となってしまいます。不安、過度の期待、怒り、ソワソワ、ドキドキ、ヘニャヘニャ、などなど。

その場合の対処法は人それぞれ。僕の場合は

①自分が今どんな状態か、見てみる。上がっているか、下がっているか、どちらでもないか。

②上がったり下がったりしているときは、その原因をさぐる。何かにとらわれてないか。不安や期待の源となるものはないか、探る。

③とらわれているものをみつけたら、それを「自分の力でどうにかなることなのか、ならないことなのか」を判断する。

④自力でどうにかなることであれば、どうにかする具体的な方法をひとつひとつ考える。そして、ひとつひとつ、やれる範囲でやっていく。一歩一歩。

⑤自力でどうにもならないことであれば、「どうにもならんのだから知らん!誰かどうにかしてください!なるようになる!」と思いっきり開き直る。生きているだけで奇跡。すばらしい。ラブ&ピース。色即是空空即是色。南無阿弥陀仏。レットイットビー。インシャアッラー。です。

この、③の判断が、本当に難しい。人が抱える不安や悩みの本質は、ここにあるとさえ思ってしまいます。だって、⑤の場合、悩んだって、しょうがないんだもん。ほんとに。悩む暇があったら、楽しんまなくちゃもったいない。

現代の老いや医療の問題は、人類が地球に現れて数百万年の間「自力ではどうにもならなかったこと」が「お金さえあればなんとでもなること」になってしまっていることで、その判断がつけづらくなっていることが関係しているように感じます。遺伝子組み換えや、原子力の問題にしても、はたまた雇用の問題にしても、心の健康の問題にしても、そういう視点で見てみると、どれもその根底には共通している何かがあるのかもしれません。

やっぱ、大事なのは、ものの見方、捉え方、感じ方、なのですかねえ。


で、

⑥ ④で決めた具体的な手段、やるべきことを一歩一歩やっている際にも、やっぱり不安というものはつきまとってくるものです。そんな時の特効薬。それは、時間を限定してみることです。「いついつにはどうしている自分がいるから大丈夫」「いついつまではとりあえずなにがなんでも、馬鹿みたいにやってみる」「いついつまでは様子をみる」などなど。

そう「決めちゃう」ことで、目の前の具体的なことから目をそらさないでいられるというわけです。



というわけで、今自分が感じていること。

明らかに、疲労蓄積。走ってる場合じゃない。でも、マラソン出るって決めたから、出る。この調子じゃ、トレーニングもだましだましだけど、ま、しょうがない。まあ、どっちみちただの道楽なので、やれる範囲でいいや。終わったら、来年の1月は、体を休ませることを最優先にする。夜の出荷作業は、禁止。2月、3月で家をいじって、農繁期には助っ人さんやお客さんや旅人さんが快適に泊まれるような場を作る。

というのが、目の前のやるべきこと。まずはそこから。ほかにも、いろいろ楽しいこと計画してありますが、この場では秘密です(笑)。



ちなみに、今日風邪薬を買おうと思って薬局に寄りました。薬剤師さんに相談しました。

結果、薬剤師さんお勧めのお薬を買いました。滋養強壮とか、疲労回復などに効く錠剤です。「飲む点滴といわれています。実際、病院の点滴と同じ成分なんですよ」「ドリンク剤は即効性があります。が、けっこういいお値段になってしまうので、これがその錠剤版です」と穏やかな口調で説明を受け、だまされてもいいや、という位の気持ちでちょっと高かったけど、購入。

人は、健康のためなら、財布の紐が緩むのですね。何事も、体験してみないと実際には分からないというわけです。

さて、少しは効果がでてくるのか。はたまた出ないのか。「こんなもん飲んで情けない有機農家だなあ」とか「だったらまずは何はさておき休みなよ」とか「こんな長い文章書いてるからいかんのだろ~」と、自分でも思っておりますが、まあこれはこれで面白いのでよしとします。人につっこまれるともっと情けなくなるので、その前に自分で突っ込む。これ大事ですね。






ひとつ気になった点。長時間勤務は、小売業においても顕著。今日行った薬局もその通りのようだった。薬剤師さんの顔には疲労が濃く表れていた。「僕らも、よく飲みます。どうしても休めない時に、これに頼ります。」とのこと。

ふと思う。彼のかなり疲れたお顔は、錠剤を飲んでいるからあの状態ですんでいたのだろうか。はたまた、錠剤を飲んでいてもあのくらいの状態だったのだろうか。

答えは、数日後の、鏡の中の我が顔にあり。あのお金で、宝くじか、誰かへのクリスマスプレゼントでも買ったほうがまだよかったのではないか、と思っていない自分がいることを願う年の瀬の一夜である。



2010年12月17日 ひとりごと トラックバック:0 コメント:0

とりとめのない日記

12月14日(火)

朝のうち雨。午後は晴れのち曇り。夕方から一気に気温が下がってきました。

昨日から降り続いた雨は、累積で60mmくらいにはなったようです。この時期としては大雨です。




一昨日、やれたくさん走れただの、やれ農閑期にはいっただの、うきうき気分でおりました。その勢いで夜遅くまで本を読んだり、年賀状作成にとりかかったりしていました。

で、あっけなく風邪再発(笑)。



最近、鶏のえさの材料の米ぬかが品薄です。いつも分けてもらっているご近所の数件でことごとく「ごめん、今ないや」と言われてしまいました。みんな使う時期のようです。それで、いろいろ段取りして、竹田市で同じような養鶏をしている友達に分けてもらえることになり、ほっと一息。

午前中に出荷をすませて、昼過ぎに出かけようとした矢先…。

ぞくぞく。悪寒発生。うわ、まいった。沖縄の前にかかった風邪が、どうも「完治」してないのかな、いったいいつまでかかるんだ、と思ってプチへこみ。

でも、明日鶏が食べるえさがないので、ひとふんばりして竹田へ。帰ってちょっと休憩してえさ混ぜ。その後収穫して箱詰め少々。あ~、こういう時はやっぱり気持ちが萎えます。


それにしても、調子に乗っていろいろやりすぎた自分に少し腹が立ちますわ。自業自得ですなあ。といいつつも、軽い腹痛と体のだるさとプチ悪寒に耐えながらこれを書いている…。ああ、何をやってるんだかなあ…(笑)


というわけで、はよ寝ます。目指せ19時~7時の12時間睡眠。それだけ横になっとけば治るんじゃないかなあ。


教訓一 調子に乗らない!自己管理をしっかり!

教訓二 体力相応、年齢相応の休息をちゃんととる!


はい、そんなこんなのとりとめもない日記でした。

ちゃんちゃん。


2010年12月14日 日々の暮らし トラックバック:0 コメント:0

12月12日(日)

快晴冬ばれの一日でした。

朝は、連日びっちり霜が降りています。

101210畑

霜よけの不織布を白菜や大根にかけています。

玉ねぎ。

101210たまねぎ

かつを菜についた霜。この霜が、野菜をおいしくしてくれます。

101210かつをなしも


さて。

なにかとちょこちょことやることが途切れないこの暮らし。農繁期は、終わらせても終わらせてもいっこうに減らない「急ぎの仕事」に、気持ちが負けないようにするのがひと苦労です。

が、一昨日の昼に、箱詰めが終わって仕事の段取りを考えている時にふと思いました。

あれ、急ぎの外仕事、畑仕事が特にないぞ。やっておいたほうがいいことは山ほどあるけど、「今日中になんとか終わらせなくちゃ」という作業が、ない!さあて、何からやろうかな~、という感覚。

この、感覚。うーん、実に8ヶ月ぶり位です。リアル農閑期入りしたようです。目の前に、ぱあっと光がさしたような気さえしました。欣喜雀躍です。あとはしばらくの間、ぼちぼち出荷作業をしながら、暮らしを豊かにするためのいろんなことに時間を使うことができそうです。ああ、ありがたや。


というわけで、今日は、年明けのマラソンに向けての、走りこみ。本番の一月前に30キロ走っておくと本番で楽だよ、ということを人から聞いたので、35キロ走ってみました。満足でした。

現代は、本当に便利な時代です。先日たまたまお会いした方から「ジョギングシュミレーター」なるものを教えてもらいました。サイト上のグーグルマップをクリックしていくことで、距離や標高差、消費カロリーなどをチェックできるというものです。

ちなみに今日の運動で約2500キロカロリーの消費だそうです。意外と少ないのですね。あと、雑巾がけ掃除に換算すると約10時間分に相当するのだと。いろんな数字が出てきて、けっこう面白いです。

こちら、42.195km.net の ジョギングシュミレーターからどうぞ。

走り終えた直後に、福岡からの来客。新規就農仲間同士で話がいろいろ弾みました。その後、少し出荷をして、ナフコに家のリフォーム資材を買いに行き、事務仕事をして…。たくさん走ることそのものよりも、たくさん走った後に普通どおりのペースでいろいろこなしていく、という感覚がものすごく気持ちよいです。ああ、それにしてもマゾだなあと我ながら思います。性格とは恐ろしいものです。こりゃいいほうに利用せんともったいない。マゾっ気のある皆様、農家はお勧めですよ~(笑)。



今日の一枚。

火待ち猫。

101210れおさん

こういう間、好きだなあ。


2010年12月11日 日々の暮らし トラックバック:0 コメント:0

出荷

12月8日(水)

寒い一日でした。当地で最高気温4度。山の上では雪も降ったようです。

今日は、真珠湾攻撃の日。そして、ジョンレノンが撃たれた日。

ラジオでイマジンが流れていました。ああ、今年ももう年の瀬です。いつもいつもラブ&ピースで暮らしていくのはちょっと難しいけど、たまにはそういう気持ちをもたんくちゃね。と、毎年感じる12月8日です。



久しぶりに、野菜&卵セットのご案内。たまにはこの手の写真を載せないと、農家なんだか何屋なんだかわからなくなっちゃいますしね(笑)

101208野菜

イモ類、キャベツ、白菜、ねぎ、人参、大根、ほうれん草、みずな、たまねぎ、かぼちゃ、などなど。いろいろ充実の時期です。写真では、霜にあたってちょっと黒っぽくなったブロッコリーがおいしくなさそうに見えるのが残念。

昨日、今日と、出荷が多く、なかなかのてんてこ舞いでした。二日続けて10箱以上というのは、今の条件、システムでは、ひとりでの作業量としてはちょっと多いようです。日も短くなり、ほかの作業をする時間をとるために、箱詰めは暗くなってからある程度済ませてしまってます。終わるとかなりぐたっとします。

でもまあ、仕事なので、とにかく続けてみるということが大事だな、と思って淡々とやっております。ある程度量をこなさないと成り立たないのはどんな仕事も同じだと思いますし。それに、野菜が届くのを待ってくださる方がいらっしゃるというのは、本当にありがたいことです。

数えてないから詳しくは分からないのですが、出荷を始めてからのこの3年半で4000箱ぐらいの野菜セットを出荷させてもらいました。イチローのヒットじゃないけど、何事も積み上げることでしか見えてこないものもあるのでしょうね。あと1000、2000くらい上積みしてみたら、自分の内面の世界や、暮らしの中で最優先したいこと、営農の展開の方向性、など、もっともっとクリアになってきそうだなあ、とも感じながらやってます。まあ、ちょっとしたシュギョウのノリですな(笑)。


今日は、夕方から車検。代車ではなかなか仕事にならないので、スピード車検です。とはいえ待ち時間がけっこうあったので、こりゃいいや、と思って読書。


佐野洋子 シズコさん 新潮社

シズコさん

先月亡くなられた「100万回生きたねこ」で有名な佐野洋子さんが、母との思い出をつづった一冊。思い出、といえば聞こえはよいですが、その中身は壮絶です。相性が合わなかった母を受け入れ、許していく佐野さんの心の記録、なのかな。ああ、こういう半生を生きてこられたから、「100万回生きたねこ」のようなあたたかい話が描けるのだなあ、としみじみ感じてしまいました。

ご自身の病気と向かい合う日々の中で、最後に、母親を好きになることができたという件に、思わずうるっときてしまいました。間に合ってよかったですね、佐野さん。ご冥福をお祈りします。それにしても、家族とか、夫婦とか、親子とか、そういう話って、なんでこんなにグイグイひき込まれていってしまうんだろうなあ。



ヒゲぴよ 伊藤理佐 集英社

ヒゲピよ

息抜きの一冊。アニメにもなってるようです。ひげがはえたヒヨコのマンガ。ほんわか、くすっ、という感じです。こういうのは久しぶりだったなあ。いつも言葉がぐるぐるとまわり、常に何かを考えている僕の頭にとっては、よいマッサージになりました。Nちゃん、ありがと~。

2010年12月08日 今週のお野菜 トラックバック:0 コメント:0

岸さん

12月5日(日)

見事な晴天、小春日和の一日でした。空気がピリリと澄んでいて、阿蘇から雲仙普賢岳の平成新山がくっきりと見えました。朝は冷え込んでマイナス2度。だんだん、本格的な冬が近づいてきているようです。

水曜日に旅行から帰ってきた後、木曜、金曜は出荷と配達でどたばた。土曜日に、またも助っ人さんたちとともにたまねぎの植え付けの仕上げ。旅行前に終わらせたものと合わせて計10000本。果たしてどのくらいの収量になるのかな。1t行くかなあ。なんだかんだで、無理だろうなあ。まあ、期待せずに、やれることはやっていくことにします。

それにしても、今年は苗作りに失敗してしまいました。地力を読み間違えて、種まきが遅すぎたようです。あるいは、畝たてが甘く水はけが悪かったのか、元肥が少なかったか、はたまた深く耕しすぎたか…。結果的に半分以上の苗を買ってすませました。無駄な出費となりました。とほほ。まあ、授業料だと思えば安いものかな。



さてさて。

ご縁があり、岸信子さんの講演を聴きにいってきました。

岸さんは、7男3女の10人の子供たちのお母さんとして有名な方です。熊本にお住まいで、テレビなどでも、その暮らしぶりを紹介されているそうです。

あんまり深く考えずに、「どれどれ、どんな方なんだろう。なんだか面白そうだな」という軽い気持ちで会場に足を運びました。

が、

もう、なんというか、大感激。感動。ぐっとこみ上げてくるものがありました。


いろいろ書き留めたので、いろいろお伝えしたいのですが、長くなるので簡潔にひとつだけ。

岸さんは、子供たちに「あなたが大好き。生まれてきてくれてありがとう」と、一日3回は口に出して言うのだそうです。そして、ぎゅっと抱きしめるのだそうです。

すると、子供が10歳になる頃には、1万回以上も、「好き」と言われ続けるというわけです。実際にお子さん達にお会いしたわけではないので、これは僕の想像にすぎないのですが、そういう環境で育った子供は、きっと、何があっても優しさと強さを持って生きていけるような気がします。

ご主人のことが大好き。子供たちが大好き。何々ができるから好き、ということでなはなく、ただ、いるだけでいい。生まれてきて生きていているだけで奇跡なのだという「好き」に包まれている毎日。年齢を感じさせないチャーミングな仕草と笑顔でそう語る岸さんのお姿からは、生きている歓びがあふれているように感じました。

いろいろ難しい時代のようですが、こういうものすごくシンプルな幸せの形もあるのだなあ、なかなかいいものだなあ、と感じました。

もちろん、実際の夫婦生活、家庭生活というのは厳しい側面もあるものなんだろうなあと周りの諸先輩方のお話を聞いてて肝に銘じております(笑)。それに、パートナーを若くして亡くされることもあります。ジンセイとは、おそらく、想像以上にハードなものなのかもしれません。

でも、実際に、こういうご夫婦、ご家族がいらっしゃって、この笑顔がある!それだけで、まあ少しはそういう「善なる何か」を信じてみようかな、という気になってくるから不思議なものです。「期待せず、信じる。そして、いろんなことに折り合いをつけていくこと自体を楽しむ」というさじ加減が難しくもあり、面白くもあるところですね。



母は太陽なり。

そして、母を太陽たらしめるのは、ご主人の男前っぷりが大事なようです。ご主人ののろけ話を本当に楽しそうにされる岸さんをみてそう思いました。お互いの努力が肝要なのだと。ふむふむ、です。



岸さんが、講演の冒頭で満面の笑みでおっしゃってました。

「結婚したのは28歳でした。当時としてはかなり遅いほうでした。でもね、こんなに子供に恵まれて。みなさんっ、残り物に福があるって本当ですよ~。」(聴衆、笑い)


なるほど。婚活中の独身者の皆様、我々にとって朗報のようです。一緒に、ぼちぼちがんばってまいりましょう~。


岸さんのHPは、こちら。 信子かあさんの今日の絵日記




家に帰ると、阿蘇の星空が、ものすごくキレイでした。よき時間でした。感謝だなあ。



2010年12月06日 ちょっといい話 トラックバック:0 コメント:1

帰宅

12月1日(水)

沖縄旅行から、帰宅しました。

沖縄本島北部のやんばる地区、石垣島北部、西表島、と巡るとても素敵な時間となりました。


風景の色。

風のにおい。

人との出会いと語らい。

生き物たちの輝き。


普段の暮らしの中ではついつい忘れてしまいがちな「よい感覚」を思い出すことができました。


で、

さまざまな仕事、所用に追われ、早々に日常のペースにもどりました。南国の暖かさで体調もだいたい回復したようです。日暮れ前に帰宅して、メールチェック、お客さんへの電話、などなど。そして卵の配達、ジョギング少々。これから明日、明後日ぶんの出荷の事務仕事。荷物の片付けもちゃっちゃとやらんとね。いきなりてんこ盛り、余韻に浸る暇なしです。ちょいと飛ばしすぎかもしれんなあ(笑)。

でも、そういうこと、やるべきこと、言い換えればやりたいことがあるってことは、とても素敵なことだなと改めて感じることができました。能動的な忙しさ、メリハリある時間の流れは、数ある幸せへのアプローチのうちのひとつなのかもしれません。そして、必要に応じて主体的に、自分のギアを上手にそういう状態に入れていくことが出来れば、楽しいジンセイが待っていそうな気がします。まあ今のところ、入れようとしているところにギアが入らないことが多いので、困っちゃうことが多いですけどね~。


さて、少し暮らしのペースを乱されてすねたのか、レオさんが(おそらく)昨日の昼から不在の模様。ちょっと心配。まあ、猫なんてそういうものだし、大丈夫だとは思うんだけど、やっぱり心配。


写真もとにかくたくさん撮ったのですが、今日はとりあえず一枚。石垣島にて。

101128石垣

旅先でお世話になった皆様、
留守を預かってくれた皆様、
出荷調整のわがままをご快諾いただいた皆様、

本当にありがとうございました!


2010年12月01日 日々の暮らし トラックバック:0 コメント:0

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