帰宅

1月28日(金)

冬晴れの一日でした。

昨日、内観から帰宅しました。

一生の中でも、こういう経験ができることはそう何度もないだろうなあと思うくらいに、なかなかぐっとくる一週間となりました。

今まで自分と向かい合うことはけっこうやってきたつもりでいたけど、まあそうでもなかったのだな、と感じました。

とにかく、すばらしい時間でした。

そして、今の情報化社会の中に生きていると、たった1週間テレビもラジオもネットも携帯電話もない生活を送っただけで、ちょっとした浦島太郎状態でした。そのこともまた面白く感じちゃいました。

詳細をいろいろ書きたいのですが、また後日ということで。


というわけで、取り急ぎ帰宅報告でした。不在中ご迷惑をおかけいたしました。そしてありがとうございました。

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2011年01月28日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

内観

1月19日(水)

全国的に、厳しい寒さが続いているようですね。

ここ南阿蘇でも、相変わらずの寒さです。先日は、朝に入れ替えたレオさんの水が、昼間に指で割れないくらいに凍ってしまいました。屋内なのに、いったい、台所床面の温度は何度なんだろう、と思わず笑えてきました。はやいとこ断熱リフォームをして、次の冬はもう少し「ぬくぬくキッチン」にするぞっ、と氷を指でつんつんしながら思いました。

野菜も、なかなか厳しい状況です。葉ものは、前もって収穫しておいた白菜以外は、凍ってしまって出荷できる状態ではありません。それでも、根ものを中心に、10種類程度は入れられております。

たまねぎ、里芋、サツマイモ、聖護院大根、カブ、かぼちゃかごぼう、人参、ねぎ、白菜かキャベツ、といった感じです。



さて、連絡まで。

明日から、カバシマは、一週間家を空けます。佐賀に、内観、に行ってきます。

内観とは…。

こころの温泉、みたいなものです。

全国数十箇所で、内観を行う場所があるのですが、その一つ、熊本のお寺、蓮華院誕生寺のHPの内観研修所のところより抜粋です。

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内観とは、身近な人々(母または母親代わりに育ててくれた人、父または父親代わりの人、配偶者など)に対する自分を見つめるために、

①していただいた事、
②してさしあげた事、
③迷惑かけた事

について、具体的な事実を過去から現在まで調ベる中で、色々な気付きや発見により、悩みの解決や、より良い人生を過ごせ、幸せになる方法です。

内観法とは自己探求法であり、体系的な自己リフレッシュ法です。今や多くの知識人、 健康な人々も、精神的向上を求めて内観を研修する人々が増えております。

また、企業や官庁や団体で職員研修としても採用され、大きな効果をあげています。そして、芸術やスポーツの分野でも、精神面での深まりを得る為に受ける人々が増えています。

心理療法の一つとして、いろんな悩みやトラブルに苦しむ人々も実践しておられます。

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ちょっと怪しげではあります(笑)。でもでも、これがすごい効果なのだそうです。

具体的には、1週間の間、部屋の中にこもり、上記の①~③のことを、考えつづけるのだそうです。そして、2時間おき位にみえる面接の先生に、自分が思い浮かべたことを述べていき、先生は、ただ、話を聞いてくれる、のだそうです。ただそれだけのシンプルなことで、とにかく心が穏やか、すっきり、柔らかになれるというのです。

今、僕のこころに、さしあたっての緊急、重大な問題があるというわけではありません。幸せだなあと心から感じられる日もあれば、まあ人のことが羨ましくなる日もあります。少し、内省が過ぎて困ってしまうことはありますが、普通の範囲といったところです。多分(笑)

はたして、一週間後には、どんな気持ちになっているのか、どきどきです。

当たり前であることに、ただ自分が在るということに、自分が人から支えられて生きているということに、心から「ありがとう」と言えるようになってるのかあ。


そんなわけで、しばらくの間、携帯電話にも出られません。メールも、読めません。今の時代、それは、とても贅沢なことなのかもしれません。せっかくなので、楽しんできます。体の静養にもなりますしね。

ではでは、ご機嫌よう!

2011年01月19日 日々の暮らし トラックバック:0 コメント:0

大豆

1月15日(土)

雪のちらついた一日でした。気温も、最高で0度の真冬日。たしか、2005年から2006年にかけての冬は、すごく寒かった記憶があります。今年は、それ以来、5年ぶりに冬らしい冬といったところでしょうか。まあ、近年の傾向からすると、2月にはいればおそらくぐっと暖かくなるような気がします。もうちょっとの我慢、と思いたいものです。

今日は、びっくり寝坊の9時起きでした。あわててレオさんと鶏に餌をあげて、野草園のバードウォッチングに。雪の舞う中、梢にたたずむオオアカゲラがばっちり見えて感激でした。こういう時には、そろそろまともに鳥の写真が撮れるカメラがほしいなあ、と物欲が膨らんでしまいます。

午後は、卵の配達。出荷少々。パソコンが急に調子が悪くなったので、新しく買い換えるべくいろいろリサーチ。調子が悪くなった原因ははっきりとしているのですが、あまりに情けないので秘密にしておきます(笑)

昨日は、出荷でてんてこ舞いのあとに、大豆の脱穀をしました。面積は、80坪ほど。たいした量ではないです。が、自家用のものはどうしても後回し後回しになってしまいます。しかも、肥えた土地を嫌がる豆類にとっては、今年の場所は肥えすぎていたようで、豆の入りもいまいち。ますますやる気がせず、困っておりました。

110114大豆2

「まあ、そのうち」とほっぽらかしていたら、近所のおばちゃんから「あんた、大豆はどげんすっとね。はよあやしなっせ(脱穀しなさい)」とご指摘をいただく始末…。

そこで、

強力助っ人登場!

110114大豆

近所の農家友達、Kさんの大豆脱穀機。あっという間に終わりました。シンプルなつくりの古い機械ですが、やはり人力と比べたら、早いの何の。あっぱれでした。ただ、とても重く、自走式でもないので、軽トラに乗っけて移動するのに男手二人は必要です。

自分の豆の脱穀が残っていたKさんと「よし、こういうのは勢いで二人でやっちゃおう」と、意気投合。重い腰を上げてしまえば、なんてことはない仕事です。こういうのは、大事ですね。一人じゃ無理でも、二人だと勢いづくというものです。すっきりいい気分、でした。(でも、休みなく動き続けて、反動で今朝の寝坊でしたわ)

肝心の大豆の収量ですが、やはり、さっぱりでした。ぱっと見はきれいですが、よく見ると虫食いもすごいです。はぁ~、今年は味噌は買って済ませようかなあ。

110114大豆3

こういう時、ふと思ってしまいます。

分業というシステムは、よく出来たものです。依怙地になって、「自給自足するのだっ!」と言ってみても、疲れるだけです。人間は、野生のいきもののようにはいきません。僕の暮らしも、米と卵と野菜は、ほぼ100パーセント自給できていますが、それは、ちっちゃなちっちゃなことです。電気も灯油も水道も、通信設備も、洋服も、ガソリンも、本も、医療サービスも、鶏の餌も、ぜーんぶ、買っています。

持ちつ持たれつ。

「所有」も必要だけど、「共有」を忘れずに。

「自分」というしょうもない「殻」をうまくコントロールできれば、他人がもっている技も、知恵も、知識も、優しささえも、全部、自分も共有しうるものなわけです。

何でも、こころの持ちよう、ですねえ。まったく。

志すべきは、「自分で何でもやるのだっ!」という自給自足ではなく、「自然のリズムで、自然からなるべくダイレクトに生活に必要なものを、自分の手間を用いて、頂く、生かされる」という自給的暮らし。そのための経験、技、知識、知恵、感性、なのですかね。

寒い中体を動かした後の薪の火、とか、待ちに待って初収穫したトマトのおいしさ、とか。そういうことであたたかい気持ちになれる暮らしを、大事にしたいものです。

ひとつの生き物としてのしなやかな強さ。
ひとりのちっちゃな人間としての役割。
その両方を、大事にしたいものです。

そして、つながりの中で、生きているという感覚を、いつも忘れずいたいものです。といいつつも、よく忘れて、傲慢になったり、いらんことを言い過ぎたて後悔したり、自分を責めたりもしてしまいます。ああ、人の心は忙しい(笑)。


なんだかとっても「いいこちゃん」的なまとめになりました。これまた悪癖です。日常の「どたばた、そわそわっぷり」と、文字の表面的な「まぶしさ、落ち着き」とのギャップにちょっと笑えてきますが、まあ、とりあえずよしとしましょう。


だいずから さとされこころ しずかなり


今日もお疲れ様でした。





2011年01月15日 田畑 トラックバック:0 コメント:1

さまざま

1月12日(水)

寒い日が続いております。週末には、大寒波がやってくるようです。大根やカブやキャベツが果たして寒波にまけてしまわないか、ちょっとどきどきです。

今日は、出荷。鶏の餌の米ぬか調達。いろいろ片付け。ぼちぼちの一日でした。


日曜日の、指宿菜の花マラソンは、なかなか楽しい時間となりました。

去年と比べて、1時間40分ほどタイムが縮まり、4時間ちょっとでゴールできました。このくらい走りこめば、このくらいタイムが伸びるのか~、へぇ~、という感覚をつかめたのが収穫でした。やっぱり、成果が目に見えてわかるのは、うれしいものですね。ちなみに、今回ご一緒させてもらったベテランランナーさんいわく、「年齢は関係ない。走り始めて10年目くらいにだいたいベストがでる」のだそうです。ほぉ~。

今年も、福岡のむすび庵チームに便乗参加させてもらいました。左下の赤いのが僕です。

110109菜の花

友人の友人、といった感じのご縁で集まり、「せっかくだからみんなで乗り合わせていこう」と、バスを一台借りての福岡からのツアーとなりました。土曜の夜に福岡を出発、熊本組は、高速のバス停で拾ってもらっての合流。

マラソン初参加の方から、自己ベスト2時間半ちょっとの方まで、さまざま。年齢も、20代から60代までばらばら。職業も、本当にいろいろ。走り終わったあとに一泊した夜の宴席は、なかなか味わい深かったです。「マラソン」という縁でたまたまつながった人々が、「私、こんなことしてまして」と自己紹介していき、それに質問や感嘆が飛び交う場は、まるで小劇場で演じられているちょっとシュールな演劇でも見ているかのようでした。

こういう「場」は、いいものです。普段会わないような方と知り合えたり、たくさん人がいる中で「ああ、すごい。俺ももっと謙虚に、しっかりとやれることやろう」と刺激をうけてみたり、「おっ、この人はこういう人なのかなあ」と人間観察をしてみたり、「あっ、また自分のことばかりしゃべりたがってるわ」と自分観察をしてみたり…。人間好きの人間苦手なカバシマとしては、脳みそフル回転で疲れもしますが、とても充実の時間でした。やっぱり、なんだかんだいって、他のなによりも人間がいちばん面白いのかもね。


何せ2万人近くが走る大会。会場は、ものすごい人人人。景気が悪いと言われ続けていますが、いやー、これだけの人がただ単に走るために集まるのですから、日本はなんて平和なんだろう、と思っちゃいました。

110109菜の花2

まるで嘘みたいに、切れ目無くゴールする人が続いていました。

110109菜の花3

指宿の顔、開聞岳。秀峰です。

110109開聞岳

ちなみに、菜の花マラソン参加ということで、消防団の出初め式はお休みを頂きました。自分としては、ちょっと申し訳なく、ちょっとラッキー、という感覚。出初め式のあとの飲み会は、あとから聞いたところ昼過ぎから日付が変わるまで続いたとのこと。

マラソンを走るほうが10時間ほどつづく飲み会より楽と思うのか、はたまたその逆か、あるいは両方とも大好きに思うか、もしくは両方とも勘弁してっ、と思うのか。人によってさまざま。その違いがあるからこそ、人はやっぱり、面白いのかも。今日の結論は、なんだか、そういうことのようですなあ。

2011年01月12日 ひとりごと トラックバック:0 コメント:2

よれよれ

1月8日(土)

冬晴れ快晴の一日でした。そのぶん、朝はかなり冷え込んで、-6度ほどでした。鶏に水をあげるときに、水入れ表面の氷をかち割ることから朝が始まりました。

いよいよ、明日は去年に引き続き参加の指宿菜の花マラソンです。きついコースという理由もありますが、去年は自己ベストより2時間以上も遅かった散々な結果。で、体力低下を痛感してしまいました。今年は、ちょっとはましなタイムを出せるように、自分に負けないようにしたいものです。

漠然とした憧れではあるのですが、毎年6月に行われている阿蘇カルデラ100キロマラソンにいつの日か出てみたいなあ、と思ってます。自分のタイムがどうこうとか、誰々がどうこうとか、そういうことではなくて、ひとつの生命体としての人間が、一個人が、100キロを走るって、凄いことです。理屈ぬきにあこがれます。

おそらく数百年前の人間であれば、100キロとまではいかなくても、それに近いような体力、生命力をほとんどの人が持っていたのではないかと思うのです。時代は進み、今の我々といったら…。どんどん頭でっかちになり、ああするためにはこうしなければならないということばかりを考えてしまい、視覚から入る表面的な「情報」ばかりに頼っております。生命力はどんどん薄れていっているようです。ネット依存のわが身を省みても、つくづくため息がでてしまうところであります。

でもでも、きっと、僕にも、みんなにも、「まあ、100キロくらいは走れるっしょ」という、生命体としてのDNAがきっと備わっていると思うのです。ただ、眠っているだけだと思うのです。もちろん、それは「走る」という行為である必要はまったくなく、なんでもいいのでしょう。大抵の場合は、今の日本の社会であれば、それは「仕事」という形の何かの活動であることが多いのかもしれません。人知れず成し遂げられているどこかのだれかの努力で、自分の暮らしも豊かになっている、と想像できればちょっぴりあたたかい気持ちになれます。

もちろん、仕事である必要はなく、例えば「子供を育て上げる」とか「病気と闘う」ということでも、なんだっていいのだと思うのです。つまりは、必要な時に、やれる範囲で、自分の出来ることをしっかりとやれているとき、人は、生き物として、輝いていくのだと思うのです。そうしたら、野鳥や森の木々と同じ目線で立てるようになるのかも、なんてことも感じます。とにかくきっと、誰でも、本来もっていると思うのです。すごい、何かをやる力を。それを阻む「常識」や「思い込み」をなくして、努力さえできれば、人の力は凄い、と思うのです。そういう意味で、「農家」である前に、そういう「百姓」でありたい、とも思っています。

そんなこんなで、「税金を支払って、民主主義政治、経済社会、国家に属している市民」としての個人であると同時に、「一生命体としての個人」という存在でありたい。時々、強くそう感じます。そうすると、例え何かにとらわれている時にでも、ふっと、いろんなことが楽になるから不思議なものです。




と、ちょっとかっこつけたことを書いてしまいましたが、現実はヨレヨレ素人市民ランナーです。42キロをゆっくりゆっくり、というのが精一杯です。ああ、こんなこと書くんじゃなかった、と、走った後に後悔している可能性はかなり高いなあ…。

それに、まあなんというか、猪突猛進ですな。みんながみんな、こんなんだったら、しんどいなあ。きつい世の中になっちゃいそうだなあ~。もっと、ゆるく、「なんくるないさ~」といつも口にしているようなおっちゃんになりたいが、それもこの性格だと難しいよなあ…。まっ、しょうがない。社会や家庭をゆる~く、リラックスさせる役割は、他の誰かがやってくれるということにして、僕はこのままのスタイルでいけるとまで突っ走ってみることにしてみます(笑)。




んん、今日はちょっと「感受性ゆたか君」かな。文がとまらないし感じがしています。それに、「あ~、結局おれはなにをいいたいのだ~」と書きながらに感じてしまっているシリメツレツモード…。まっ、いっか。


今週は、正月休みの反動で、出荷がてんこ盛り。セット野菜を週に30箱、1人でこなすと、やっぱり疲れます。けっこう、それだけでぐったりしました。でも、このおかげで生活ができているわけであり、うれしい悲鳴と思わないと罰があたります。「いつまでも、こういう農業は続けられんよなあ。ちょっときついなあ。さてさて、どうにかしていかないかんけど、どうしようかなあ」「野菜作りは楽しいのだけど、量に負けそう」「出荷、箱詰めは神経を使うのでどうしても疲れてしまう」という気持ちは、確かにあります。気を許すと、そういう言葉が、つい口からこぼれてしまいます。

でも、いつも、いってしまった後に、葛藤がおこります。
「仕事なんだらきついのは当たり前。ぶつくさいわず、自分のためじゃなく、人とのつながりのなかでいい仕事をしていくことだろ」「どうしよう、じゃなく、さてはて僕はどうなっちゃうんだろ~楽しみ~、だろ」と、ポジティブな反論を自分に言い返してみます。「まあ時々はそういう弱い気持ちを人にこぼすのも人間くさくて、おかげで人とつながれるんじゃないか」とか、あれこれ考えてしまいます。

ああ、人という存在は、よわっちいものですね。まったく。困ったもんだ。

でも、そんな弱い存在でも、とりあえず、100キロといわんけど、42キロを走れるぐらいには強い、はず。と、思って走りたいものです。




そして、今日は、地区のどんど焼きでした。

竹の切り出し、組み込みが、けっこうハードワークでした。

110108どんどや2

でも、こうやって、地区の人が寄り合う光景、とくに子供たちが楽しそうにしている姿は、理屈ぬきに、いいものです。近所の子供たちとも、だいぶん顔なじみになり、「かばく~ん」と、なついてこられると、やっぱり顔がほころんでしまいます。つい、いそいそとサツマイモを銀紙でくるんで焼いてあげたりしてしまいます。ほとんど、「寂しがりやの近所のおっちゃん」と化してしまってますわ(笑)

110108どんどや

そんなわけでちょっと疲れました。なんだか、ヨレヨレになってちゃんと走れなかったときの言い訳を前もってしているような文章になってきましたなあ。



ちなみに、友人から先日教えてもらったヨレヨレというバンドが、最近のマイブーム。

いっつも動き続けて、無理をしてしまうカバシマにとって、この、ゆるさがたまりません。はまってしまいました。お勧めです。

youtube YoLeYoleの 星降る橋

2011年01月08日 音楽 トラックバック:0 コメント:0

明けましておめでとうございます

1月2日(日)

明けましておめでとうございます。

早いもので、今年で阿蘇に来て5年目となりました。時が流れるのはあっという間ですね。

今年が、皆様にとって、すてきな年となりますように!

皆様ひとりひとりが、自然体で、楽しく過ごせますように!




さて。久しぶりに、写真てんこ盛りです。


今朝、山に行ってきました。近所の根子岳です。

3時半起床。4時出発。タイヤにチェーンをつけた軽トラでとろとろ走り、登り口へ。身支度をして、5時20分ごろ登り始め。

昨日の夕方までちらついていた雪も落ち着き、無風快晴。見上げれば星空。トレースもなく、ふわふわの雪に自分のトレースをつけていくのは、至福のひと時でした。次第に雪はひざまでの深さとなり、軽いラッセル。8年ぶりにアイゼンをつけて歩き、とても懐かしい感覚を思い出し、ちょっとわくわくしてしまいました。

7時前に頂上。晴れてはいましたが、少しガスがかかり、高岳方面、祖母山方面の視界がいまいちなのが、残念。

でも、久しぶりに目にする雪景色に、やや興奮。写真をとりまくり、1時間ほど頂上にいました。最後はさすがに寒かったです。



根子岳東峰にて。

110102夜明け前

110102朝焼け

阿蘇谷の朝。

110102阿蘇谷

樹氷。

110102樹氷

だいぶ陽が高くなり、下り始めたら、稜線のガスが取れてきました。

110102根子岳稜線

我が谷、南郷谷。

110102南郷谷

無事下山。

110102根子岳

登り口。雪は、すごい。何気ない景色が、輝いて見えます。

110102登り口


そのまま、新年の挨拶で、いつものように野草園へ。居合わせた、いつもの顔ぶれで散策。

110102野草園2

自然観察の師匠、友人Mちゃんも、雪景色にテンション高めでした(笑)。

110102野草園

卯年ということで…。野うさぎの足跡。進行方向は、上。下側の二つが、前足。前足を縦に並べておいて、ぴょんっと跳ねて、後足を横に並べて着地です。

110102うさぎ

こちらは、猪。進行方向は、右。大きな、前のひづめが二つ。小さな、後ろのひづめが二つ。

110102猪2

なので、この足跡をつけた猪さんが、どう動いたか、だいたい分かる、というわけです。さてはて、ここでUターンしたのは、何を思ってのことでしょうか。そういうことも、足跡から分かったら、もっと素敵ですね。

110102猪

イラガのまゆ。硬いです。縦(長軸方向)では7.7㎏、横(短軸方向)では6.4㎏まで耐えられるそうです。ほ~。

10102イラガ

ヤドリギ。他の木に寄生して育ちます。今は、黄色い実をつけている季節です。

110102ヤドリギ

実は、ヒレンジャクなどの鳥が好んで食べます。ねばねばしています。そして、消化しきれない種子は糞の中に残り、こんな感じで、拡散されます。この種子も、次の春には芽吹いているのかな。チェックしとこうっと。

110102ヤドリギ種

雪面に散らばっていた、鳥の羽。

110102羽

110102羽拡大

おそらく、ハイタカ(と思われる)猛禽類が、他の小鳥を襲った跡だと思われます。先日も、ヒヨドリが襲われる現場が見られました。山から下りて、お茶とお菓子でわいわい話をしている最中に、ハイタカの朝ごはんがすんでしまったようです。あ~、お菓子ぽりぽり食べてないで、はやく外に出ていれば現場を見れたかもしれなかった…。まっ、しょうがない。

やっぱり、こういうのも、とにかくちょくちょく見に行くことなんでしょうね。犬も歩けば棒にあたり、素人も歩けば、鳥を見られる。というものです。今年も、ぼちぼち、マイペースでいきもの観察を楽しんでいくぞっ、と思う正月となりました。


さてさて、明後日からまた発送再開です。初日は11箱。気を抜かないようにしないとね。というわけで、明日から普段どおりに出荷用意スタートです。あっという間の正月休みでした。さてさて、ぼちぼち、淡々、一歩一歩。今年も、しっかり歩いていくことにします。

2011年01月02日 風景 トラックバック:0 コメント:0

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