干し柿

今日は、冷え込みも緩く、起きるのが楽な朝でした。でも、日中の陽射しも弱く、肌寒かったです。

今年は、どこもかしこも柿が豊作です。

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ご近所から渋柿を頂いてきて、

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干し柿をしこみました。

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いいタイミングで昨日ご近所さんからたまたま頂いたグッズが大活躍。
これで、雨の日には雨をよけ、掃除の際には埃をよけ・・・。いい感じです。

始めての試みは、何をやっても面白いですね。

だいたい、この手のことをやるときは、近くの爺ちゃん婆ちゃんに聞くか、ネットで調べるかして、やり方を探ります。たいがい、十人十色で皆それぞれ独自のやり方をもっているものです。

なので、最初から、これだ!という正解を求めていると、いっこうに進みません。なので、なにはさておき、まずは、「とりあえずやってみる」ということの大切さを痛感する毎日です。

やってみて初めて、もっとこうしてみようとか、ここがいけなかった、とか、分かってきますよね。

また脱線です。========================================

学校教育について一言。関係者の方に失礼になっては申し訳ないですが、どうしても感じてしまうことがあります。

今のことは良く分かりませんが、あくまで僕の体験上の考察なので、10年や20年前の話。

何かをする際に、「正解」や「答え」はかならずある。あるいは誰か(先生や大人)によって用意されている。あとはそれを選びなさい。答えはマルかバツか。aとbとcのうちどれか。空欄に当てはまる言葉は何か。

そんな価値観が、無意識のうちに、心や頭や体に染み付いてしまっていたなあ、と思ってみたりします。もちろん学校教育のせいだけではなく、僕の先天的性格もかなり大きいですが。

生きるということは、もちろんそんなに単純ではないですよね。

そのような価値観にさらされても子供らしさを失わないような「子供らしい子供達」は、僕が介する必要もなく、遊びまわってくれればいいと思います。先生にいたずらでもしてくれていればいいとおもいます。

でも、失敗することが怖くて二の足を踏んでいる子供や、周りの期待に応えようとして過剰に「いい子」な子供達、そして答えが見つかってからでないと前に進むことが出来ない、と思いこんでいる人には、「どんどん失敗すればいいっしょ。なんでもやりながら考えればいいよ」と、言っててあげたいなあ、と思うのです。

そして、さらに言ってあげられたらなあ。

「正解」や「答え」は、人から教えられるものではなく、自分の頭で考えて、納得するものだと。
大人や先生の言うことを丸呑みするのではなく、「なぜ」という自分の好奇心に素直になりなさい、と。
自分が納得するまで、しっかりと考え続けなさい、問い続けなさい、と。

だから、「正解」はけっして一つではなく、「失敗」なんて恐れないで、と。「正解」どおりにやろうとしたり、うまくやろうとしたりして、無意識のうちに周りの友達や大人や先生の顔色を見てしまったりしなくていい、と。「正解」なんて気にしないで、やりたいようにやって、どんどん恥をかきなさい、と。恥はかけばかくほど、成長するよ、と。

とりあえずやってみて、そこで自分がどう感じるかは、あとで考えればいい、と。努力してもうまくいかないこともあるし、たまたま幸運が続いて楽にことが進むこともある。理不尽にあうことも多いけど、ふとした縁に救われることもある、と。だから、とりあえず「やってみようよ」と。

もちろん、こんなことを書いているということは、そうできずに二の足を踏んだ期間が僕にも長くあったということですが(苦笑)

だからこそ、この言葉を必要としている人に伝わったらなあ。

「とりあえずやってみなよ」。

またまた、干し柿からとんでもない話になってしまいました。
脱線がひどくなりそうな時にはどうぞ読み飛ばしてくださいませ(笑)

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2007年11月26日 ひとりごと トラックバック:0 コメント:1

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カバちゃん ご無沙汰です。福島の大地から、KOJIです。初めてブログを見させてもらったよ。いろいろやってるね。オレもがんばろう。(と、これからもちょくちょく励みにさせてもらいます)

とりあえず、しばらくは家の片づけです。うちは散らかってるから…。それじゃ、またねー。

2007年11月27日 KOJI URL 編集












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