イナバウワー

5月30日(土)

今日の天気。

曇り、ときどき晴れ。


今日の仕事。

出荷。明日の田植えの段取り。ジャガイモの土寄せ。ねぎ苗の除草。



今日のムシ。

キアゲハの終齢幼虫。食草はセリ科。アシタバを食べていました。

090529キアゲハ触覚

指でつんつんすると、触角を出して、

090529イナバウワー2

イナバウワー。

お見事。


今日の景色。
 
090529自宅前

自宅前の畑。久しぶりに、いい感じの青空。



最近の楽しみ。

090530リフォーム中

家のリフォーム。ふすまを張替え、薄汚いベニヤの壁をはがしています。石膏ボードを張りなおし、珪藻土でも塗るかなぁ~、と段取り中。こういう時間が、一番純粋に面白いのかも。


最近のカットウ。

090530頭すっきり

とはいえ、体はひとつ。リフォームをしていれば、畑ができん!外仕事をしていれば、事務仕事はできん!といって、事務仕事をなんでもかんでも夜にまわしていると、寝る時間がない!

と、あせっても仕方がないので、やらんくちゃいかんこと、やりたいこと、やれたらいいこと、気になっていること、などなど、頭の中にあることを全部リストアップ。

こういうことを時々やると、すっきりしますよね。
いろいろ大変だーと思っていたのに、おっ、案外たいしたことないな、と気づいてみたりします。

となると、あとは、とにかく優先順位と、仕事と暮らしとのバランスとを考えて、ひとつひとつ、あんまり感情をいれずに、一歩一歩こなしていくのみ。

具体的な、小さなことの積み重ねの先にしか、抽象的な、形而上学的な答えもない、と思います。


しかしながら、思うこと。
リストアップしていているのは、ひたすら「自分のこと」。誰か他の人のために、困っているあの人のために、考えなくちゃ、体を動かさなくちゃ、ということはあんまりないです。

それじゃあちょっとさびしいなあ。

でも、今は、きっとそういう時期なんでしょうね。そのうち、そんなこといってられないような状況がきっと来るはず。親の介護、子供の教育費、地域社会での責任。などなど。そしてものづくりをする人としての責任も大きくなってくるでしょう。

「世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」と宮沢賢治はいっておりました。事実だと思います。でも、その逆もまた事実だとおもいます。
まずは、自分が、自分の暮らしを大切にして、その結果「シアワセを感じる」ことができるようになっていないと、他の誰かにシアワセを感じてもらえるように何かをする、ということは難しいと思います。

蛇足かもしれませんが、親子の関係も同様だと思うのです。

絶対的に、無条件に親が子供のために尽くす時期、愛を与える時期というのは必要です。
その時期の、「自分は大切な存在だ」「自分は受け入れられているんだ」という気持ちが、子供のその後の人生の大きな柱となります。

でも、ある時期からは、大人が「子供のために何かをしてあげる」ことと同じくらいに、「自分自身が暮らしを楽しんでいる姿を子供に見せる」こともまた重要になると思うのです。

正しいことを言葉で教えてくれる親父もまたよいでしょう。
立派な親父もいいものです。

と同時に、

真剣に遊んでいる親父、かっこいい親父の背中に子供はあこがれるものです。
それでいて、ちょっとずっこけていたりすると、もっといい。

「おれも早く大人になりたい。はやく自立したい」
と思わせる親父はすごいと思います。

キッペイ、レンゾウ、サンタ、天ちゃん、恒ちゃん、(他、多数は割愛・笑)いい親父をもったなぁ!素敵な大人になれよー。


スポンサーサイト

2009年05月30日 ひとりごと トラックバック:0 コメント:0

<< 田植え | 南の大地より  椛島農園日記TOP | >>












管理者にだけ公開する