大麦その他いろいろ

9月18日(金)

相変わらず阿蘇では晴天が続いております。

そして、相変わらず、まだ夏バテモードの椛島です。今回はちょっと長い・・・。やれやれです。稲刈りがもう少ししたら終わるので、そしたら一息です。それまでガンバです。

水曜の夜に阿蘇を出て、隣町の知人のトラックに乗り換えて、夜は福岡の友人宅に泊まり、木曜の朝に大麦を積み込みました。

090917大麦

この後、代金の支払いのために、他の営業所まで10分ほどかけて移動したら、荷が崩れてしまいました。素人丸出し(笑)。こういう場合はこうしたほうがいいんだよ、などと教わりながらまた積み直し。勉強になりました。そして、皆さんとても親切でうれしかったです。JA糸島の皆さん、ありがとうございました。

昼前に帰宅。荷降ろしにひと苦労しましたが、なんとか無事終了。手伝ってくれたご近所のM君、感謝です。

久しぶりに、ヘッドランプをつけて、翌日の出荷用意。その後、トラックを返しに行きました。

帰宅後、お返ししたトラックの中に携帯を置き忘れたことに気づいて、ため息。まあ、翌日取りに行くことにして、布団に入り泥のように眠りました。


今朝は、軽く寝坊。「うわっ、宅急便屋さんが集配に来る時間までに出荷用意間に合うのか!?」と、あせって収穫、箱詰め。

なんとかぎりぎりセーフでほっと一息。そのまま、また大津まで配達、携帯取り。そして、以前購入して、JAの倉庫に冷蔵保管してもらっている小麦の受け取り。

帰宅と同時に、来月頭の、地元の中学校の農業体験学習の打ち合わせで中学生3名が来訪。その後、夜にうちで開く予定の、阿蘇を離れる友達の送別会の準備。バーベキューのセッティングなどなど。

直後にまた来客。数日間家を空けるという友達から野菜の苗の水やりをお願いされたので、その苗をうちに運んできてもらう。

来客がすんだあと、もってきた小麦約400キロを紙袋に入れて、納屋に収納。


ふぅー、疲れたぁ。


夜は、和やかな宴で、楽しかったです。馬刺しがうまかった。

最近、椛島が夏バテモードということをみんな周知していて、気遣いがありがたし。明日は、念願の、休日。にします。何があっても、苗の水やりや、鶏の世話などの最低限のやること以外は何もしないで、休みます!!


そんなこんなで、てんてこまいな一日でした。よくがんばったぞ、俺、偉いぞ。疲れて、しょうもない無駄な動きも多かったけど(笑)


それにしても、うちの鶏はちゃんと大麦を食べてくれるのだろうか。いまさらだけど(笑)。「この麦をあげてるけど、うちでは何の問題もなくバンバン食べるよ」という友人や、そのまた知人は何人もいるので、まあ大丈夫だとは思いますが、ちょっと心配(笑)

大麦は、小麦と違って殻があるので、場合によっては、発酵などの工夫が必要になるかとも思います。まあ、やれることをやるしかないっすね。
最悪の場合には、「うちの牛に食わすけん、食わんかったらもってきなっせ」と言ってくださる方もいるので、これまた感謝感謝ですね。

なにも、こんな手間のかかることをしなくても、普通にとうもろこしを買ってもいいのかなあ、という気もします。でも、なんとなくですが、「国産飼料」にこだわった卵でやっていきたいなあ、と思っているので、とりあえず可能な限りは、国産飼料で養鶏を続けていきたいと考えています。ただ、「国産飼料」にこだわるあまり、餌の嗜好性などがあまりに落ちて、変なストレスが鶏にかからないようにはしないといけないですね。まあ、勉強勉強です。

もちろん、もっと近くで購入できるのなら、そのほうがよいです。県内の、いろんなところをもっと早めにあたってみて、来年に向けて手を打っていこうと思います。そして、常にリスク分散を心がけておきたいものです。今年はあそこがだめだったからここで。ここもだめでも○○さんのところならなんとかなるはず。という感じで、リストアップできていれば安心です。



さて、またちょっと長くなりそう・・・(笑)


結局、いつも今回のような突発的な仕事が入るたびに感じるのは、人との縁がすべてだなあ、ということです。大麦の購入先を紹介してくれたのも、トラックをお借りできたのも、納屋にきちんと収納できたのも、人様の助けがあってというもの。

これって、考え出すととても難しいことです。

人は、ひとりでは生きていけません。時には人様に甘えなくては、ひとりでできることなどたかが知れています。というのは、事実ですよね。

では、「そうかそうか、周りの人がなんとかしてくれるからいいや」と開き直ってとにかく他力本願で生きるのか。

はたまた、「できる限り自分の力でなんとかしますっ。人には迷惑を掛けたくないし。」と、自力本願で生きるのか。

あるいは、「自分でなんとかする。でも、困ったときはちゃんと助けをもとめよう。迷惑をかけつけられつつ、持ちつ持たれつだ」と、ふわりと生きるのか。

もちろん、答えは人それぞれだと思います。答えは、1か0かではないし、白か黒かでもないものです。甘えるのが上手な人もいるでしょうし、どうしても甘えられずにいる人もいるでしょう。僕が思うに、どれだけ甘えて、迷惑をかけてもいいと思うのです。お世話するのが好きな人もいますし、お世話されるのが好きな人もいます。計算づくで「いい人」をする人もいるでしょうし、「いい人」をやめられずに苦しむ人や、「いい人」になりたくてもなれない人、さらには素のまんまで根っからの「いい人」、はたまた「いい人」なんか大嫌い、という人もいるものです。

きっと人間社会も、自然の生態系と同じでいいのだと思います。ただ、みんながみんな、自分のやりたいようにやっていると、どうしても損ばかりする人が出てくるし、凄惨きわまることも繰り返されてゆくものです。そもそもジンルイの歴史とはそういうものでした。

いや、文明の歴史、といったほうがいいかな。勝手な思い込みかもしれませんが、農業が始まる以前の、原始的な狩猟採集社会では、どこか節度があったのではないかと思います。殺戮しつくす、とか、森を破壊しつくして文明を築く、ということもすべて1万年前の農耕の開始から始まったのだと思います。かといって、現在の文明やジンルイの否定はしたくないものです。懐かしく、明るい、未来を築いていかなくちゃ、とも感じます。まあ、その辺の話は長くなるので割愛(笑)

生態系の外に出てしまってやりたい放題になってしまったジンルイには、何らかのたがが必要なのだと思います。「お前ら、やりたい放題しちゃいかんよ」という神や仏の声を求める存在は、必然的なものなのでしょう。だから、やりたい放題わがまま放題ではなく、一定の規範やルールの中で、「ありのまま」でいることが大切なのですね。

ちょっと脱線気味ですが、ともかく、、

見返りを求める人、求めない人。
計算ずくで行動する人、しない人。
みんなを笑わせようとする人。
みんなが笑わせてくれるので自分はだまっていればよいのだと思う人。
有名になりたいという人。
有名になってもろくなことはないと思う人。
自分は長所ばかりだと天狗になっている人。
自分は短所ばかりだと勘違いしている人。
世間体など気にせずに、マイペースで生きる人。
世間体ばかりを気にして、窮屈に生きている人。

いろんな人が、「ありのまま」でいていいのだと思います。そのことによって、人を傷つけない限りは。
自分は短所ばかりだと勘違いしている人は、それを笑い飛ばせばいいのです。世間の目ばかりを気にしている人は、そこから抜け出せない自分に、自分で突っ込みをいれればいいのです。そしたら、楽しいじゃないですか!一緒に笑ってくれる家族や友人がいたら、もう、それだけで最高です。

最近よく起こる、不可解な犯罪や若者の行動の背景には、そのあたりの「笑い」さえあればなんとかなったのではないか、と感じることが多々あります。何が問題なのかを客観視し、変えていけるは変えていき、変えられないものは受け入れる、という努力を引き出してれる「笑いの力」が、僕は大好きです。

子供や猫が可愛いのは、誰かを笑わせようなどと思っているのではなく、素のまま、ありのままでいるからなのだろうなあ、と思います。

子供のようなおっさんに、なれたらなあ。憧れてばかりで、なかなかなれないんだけどね。「何をぐじゅぐじゅいっとんじゃ、せからしか!」という突っ込みが欲しいところです(笑)そしてまたこのつっこみには笑いのセンスがない(笑)まっ、いっか(笑)



そのうちご紹介しようと思っていたのですが、参考までに。リンクです。とても大事なことを教えてくれた、自分にとって大切な空間です。なので、いつか自分なりに意見をまとめて文章にしてきちんとご紹介したかったのですが、それはまた後日。今日は、もう文章が長いからパスっ(笑)

べてるの家HP

べてるの家の紹介・Wikipedia

人権情報ネットワークぷらっとHPによるべてるの家の紹介


ぜひぜひ、ご覧くださいませ。例によって勝手にリンクしちゃった。大丈夫、よね(笑)





と、書き終わろうとしたところで、もひとつついでに。

野口法蔵さんというお坊さんがおられます。記者から転進、チベットでの仏教修行を経て、現在は長野の松本の臨済宗のお寺でご活動をされています。著書も多数あります。

11年前に初めてチベットを旅したときのことが思い出されます。当時はまだチベットと中国都市部をつなぐ高速列車もなく、外国人や中国の都市部の富裕層を狙った観光開発も、まだまだ黎明期といった感じでした。原則的には、外国人がチベットの首都のラサに入るためには、四川省の成都から飛行機を使うか、青海省のゴルムドという町からバスに乗るかしか選択肢はありませんでした。と思うのだけど、ローカル列車もあったような・・・。昔のことなので記憶がかなりかすれてます(笑)

バスの旅は、確か30時間くらいはかかったように覚えています。途中で5000m(これまた記憶違いかも・笑)を越える峠があり、なかなかのハードなツアーでした。乗客のチベット人も、高所に慣れているとはいえさすがに5000mはつらいように見受けられました。

バスの中では、聖都ラサへの巡礼と思われるおっちゃんと隣の席になりました。おっちゃんは、僕や、同行の仲間達と話すとき以外は、とにかくずーっと、「オン・マニ・ペメ・フン」と唱え続けていました。一番高い峠が近づいてきたとき、時刻は真夜中位だったと思います。おっちゃんは、一段と真摯な顔つきになり、ますます一心不乱に、「オン・マニ・ペメ・フン」を繰り返していました。

僕はといえば、高山病で頭が痛くなり、もがいていました。おっちゃんは、「ほら、これを飲め」と、頭痛薬らしきものを手渡してくれました。暗い車中のなか、目を凝らしてみてみると、中国漢字で「阿斯匹林」と記されてありました。最初は何だかよく理解できずにいました。しばらくして、ああ、これはアスピリンだ、頭痛薬だ。じゃ、飲んでも大丈夫だ。と思って水で流し込みました。

口に入れながら、「しっかし、この漢字は、むちゃくちゃ当て字だなあ。ひどいなあ」と、ずきずきする頭をかかえながら、心中で中国漢字に突っ込みをいれたものです。そして、おっっちゃんはというと、僕に「大丈夫か」という顔で微笑んだ後、また何事もなかったかのように、読経に戻りました。

アスピリンのおかげで頭痛をやりすごし、翌朝の太陽がまぶしかった記憶がおぼろげながらにあります。

さて、その、「オン・マニ・ペメ・フン」ですが、日本語では「これでいいのだ」という意味だそうです。天才バカボン、のバカボン、とは、ブッタのことだそうです。

すごいすごい。なんて深いメッセージなんだろう。



「これでいいのだ」 著者 野口法蔵 七つ森書館(アマゾンにリンクしてます)


本の一部より。


これでいいのだ
といっていると
今の自分が輝いてくる
だから
これでいいのだ

これでいいのだ
といっていると
誰しもがいい人のように見える
だから
これでいいのだ

これでいいのだ
といっていると
自分が好きになっていく
だから
これでいいのだ

これでいいのだ
といっていると
年金がなくても生きていける
「本当に」

これでいいのだ
といっていると
この世に嫌なことはなくなり
嫌な人もいなくなる
だから
これでいいのだ

笑いながら
いってみよう
これでいいのだ
これでいいのだ
すると
本当にこれでよくなる
運勢もよくなる

これでいいのだ
といっていると
体中の機能がそれを聞いてなーんだこれでいいのか
と良くなっていく
だから
これでいいのだ

これでいいのだ
といっていると
こうげん病を治った例も
あるくらいなのだ
だから
これでいいのだ

これでいいのだ
といっていると
恐怖が起きない
何も失うものもない
だから
これでいいのだ

これでいいのだ
といっていると
あなただけ
能天気にいってごらん
他から白い目で見られるから
でもこれでいいのだ

これでいいのだ
すると
あんたは気楽でいいね
といわれたから
とりあえず
ありがとうと
かえしておいた

これでいいのだ
といっていると
堂々としていられる
バカボンのパパのようになる
だから
これでいいのだ

これでいいのだ
といっていると
自分が変わり
世界が変わるのだ
だから
これでいいのだ





しっかしなあ、体調がいまひとつと、周りにもいっているくらいの状況なのに、こんなに長々と書いてしまう自分が笑えます。だったら寝とけ!という感じですなあ。ま、でも、これでいいのだ!

スポンサーサイト

2009年09月19日 ひとりごと トラックバック:0 コメント:0

<< ぽぽちゃん | 南の大地より  椛島農園日記TOP | またぼやき >>












管理者にだけ公開する