時間

11月8日(日)

秋晴れが続いております。

先日、寒気が流れ込んだ日の朝には気温は0度近くまで下がり、霜も降りました。

ナスやピーマンは、葉っぱが霜でやけてしまい、今年の役目を終えました。夏の間、よく頑張ってくれました。個体としてのいのちは絶えてしまいますが、実の中にある種がいのちをつないでいきます。なんだかすごいなあ、と改めて感じます。といいつつも、自家採種までは今のところ手が回らずに毎年種を購入していますが(笑)。もう少し余力ができたら、種採りにまで手が伸びるのかなあ。


今年最後のキャベツの定植をしました。冬越しをして、4月の末から5月にかけて出荷予定です。100株ちょっとあります。いっぺんにできると出荷しづらいので、保温のための不織布をかけたりはずしたらいして、出来上がりの時期をずらしていきます。

091107キャベツ

出荷の用意。玉ねぎは、1月いっぱい位は出荷できそうです。

091107たまねぎ


近所の野外ステージ、アスペクタ南阿蘇。今日はここで、

091108あすぺくた

村の秋祭りがありました。地区対抗の綱引き大会のメンバーに駆り出されました。なかなかおもしろかったです。司会者の後ろから、一枚。

091108ステージから

ススキがきれいでした。晩秋ですねえ。

091108すすき


最近、ちょっと嬉しいことがありました。

昔、登山をしていた時には暇さえあれば走ってトレーニングをしていました。とにかく「体力」そのものに憧れを感じていました。有名な登山家や冒険家、あるいは自然の中で伝統的な暮らしを営む民がもっているような圧倒的な「体力」と、その先にある「生命力」に惹かれたものです。

農業研修生活、就農後の獅子奮迅生活の間は「走ってる暇と体力があったら、畑作業をやれっ」と割り切って自分に言い聞かせ・・・、気がつけばもう5年間もまともに走っていませんでした。

その結果、気がついたら相当な運動不足となってしまっていたようです。

こりゃいかん、と思い、先日ジョギングを再開しました。最初は、5kmほど走っただけで、すさまじい筋肉痛でした。ひざも痛くなり、へこみました。それでも、疲れがたまらないようにしながらぼちぼちのペースで継続。1ヶ月弱経ちました。

最近ようやく、「おっ、これならいけるかも」という手ごたえが出てきました。

まずはとりあえず、1月の鹿児島指宿菜の花マラソンに参加してみるつもりです。6年半ぶり、2回目のフルマラソン。目標は完走!

目の前に現実的な目標を設定するとがぜんやる気が出てくるものです。しかも、みんなに言いまくると、引くに引けなくなってやるしかなくなりますし。本当は、猛トレーニングを誰にも言わずにこっそりやって、ボソッと「実はマラソンでたんだよ」と言うような不言実行キャラに憧れてしまいますが、どうも僕には無理のようです。クールガイにはほど遠いなあ。

僕は、まあどちらかというと有言実行タイプだとは思います。有言不実行という感じではないかなあ。でもいつも、ちょっと何か思いついただけでとにかく大げさに周りに言いまくってしまいます。それはそれで困ったもんです(笑)


さてさて、



  自分の記憶の中にある、確かな引き出し。

  日常の些事のことなど、お金のことなど、人間関係のことなど、
  すべてどうでもよくなるくらいに

  おっきなおっきなおっきな自然の中で

  自分が、ただココに、「在る」ことを感じる時間。

  ヒトのDNAの中に眠っている、太古からの時間。

  そこは、比較のない世界。
 
  そんな引き出しを自由に開け閉めできたらいいなあ。

  そんな引き出しを子供達にも伝えられたらいいなあ。




今は暮らしの中にどっぷりはまっていて、引き出しをあけられないことが多々あります。でも、引き出しの中は常に磨いていたいものです。そして、あまり期待はしていないですが(笑)、もしまたそんな時間を持てるとしたら、その時に身軽にぱっと動けるように、何はさておきとりあえず、体力は欲しいですしね。そう、とにかく体力。


体力といっても、いろいろあります。例えばフルマラソンを3時間以内で走るには、若い頃に相当きちんとトレーニングをしていないと厳しいです。でも、そんな人でも不摂生な暮らしをしていれば、5キロ走るのが精一杯というおっちゃんになる可能性はあります。
逆のケースもあります。まったく運動が嫌いだったというご婦人が、50歳にして心機一転して毎日とにかく5キロ走るようになり、60歳にして100キロマラソン完走、というケースもあり得ます。

だから、あきらめないでやることが大事なんでしょうね。それと、走りたくてもなかなか走れないという状況の方も多いことでしょう。自分だって大怪我や病気や失明をしてそうなる可能性は大いにあります。だから今のうちに、というわけではないですが、「まあそのうち」と思わずに、思いついたときにやれる範囲でやっていくということが大事なんでしょうね。
理想を言えば、走れる事に感謝、といつも思わないといけないのでしょうが、凡人には難しいですものです。時々はそういう思いを再確認していきたいものです。まっ、そんな感じでよしとしましょう(笑)

また、走ることそのものも、「比較のない世界」「もうひとつの時間」そのものだとも感じます。

生きていれば、それなりに物事の意味や将来のこと、お金のこと、人間関係のこと、などなど考え事は尽きないものです。髪の毛が危うくなってきた、というような具体的な悩みならどうにでも対処できます。でもヒトというものはやっかいなもので、生きる意味とか、そんな抽象的なことまで悩みだします。おそらく明確な、普遍的な答えはありません。とにかく、分からないものは分からないし、先のことなど考えても、物事が思い通りいくかどうかは自分の意思や努力と関係ないことが多いものです。

だからこそ、分からないままに、分かっていない自分を自覚して、それでも前に進み続けるの人の存在は、周りの人に勇気を与えるます。ジョギングによる世界一周を敢行している間寛平さんが言っていました。「止まったら死んでしまう。」走ることの意味なんて考えて止まっているくらいなら、走るということですね。素敵な言葉です。間平さんのように文字どおり「走る」ということは万人に可能なことではありませんが、「走る」ということばをひとつの比喩とみなせば、誰もが間平さんのように生きられると思うのです。

大切なのは、ほんのちょっとの、開き直り。と、開き直るための、勇気。なんでしょうかね?



あとは、フルマラソンを走れる体力や、山を歩き続ける体力があれば、きっと夏の農繁期も今よりかはもっと楽に乗り越えられるはずですしね。農閑期に体を休めつつも、逆に体を鍛える逆転の発想というわけです。うーん、われながらマゾっ気たっぷりです(笑)。頑張ろうっと。本末転倒にならないように、畑もちゃんと気を抜かないようにしながらね!
 

そんなこんなで、また例のごとくごちゃごちゃと書き綴ってみましたが、とにかくしばらくの間走ってみます。ちゃんと有言実行となるのかな!?ひざ痛とかで「やっぱ無理っす」となっている可能性も高いな。何かとおっさん化してきてるし(笑)あまり自分に期待せずに、ぼちぼちやります。


さてさて、そんなこんなで、毎日は、タンタンと、どっかりと、流れてゆきますねえ・・・・。



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2009年11月08日 ことば トラックバック:0 コメント:4

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元気な野菜が育ってますね。
南阿蘇いいですね~!

2009年11月09日 まきこ URL 編集

お元気?
我が家はみんな元気です。畑もぼちぼち農閑期、おっとその前に玉ねぎの定植がありますなあ。
いそしさんがマラソンやってたのを思い出します。青梅マラソンにも1回か2回出たことがあります。懐かしい。走るのって楽しいのかなあ。いそしさんは楽しいって言ってました。
自分の体と相談しながらやってね。酷使するのはダメ!!!
それでは。

2009年11月09日 農家嫁 URL 編集

始めまして、僕も南阿蘇の農民です
アスペクタに来られたんですね、僕はオープニングで太鼓をたたいてました
また寄らせていただきます

2009年11月10日 おさる URL 編集

おさるさんこんにちは。はじめまして。
オープニングの太鼓にはびっくりしてしまいました。あの迫力!感激しましたよ~。自分もたたいてみたいなあ、とちょと思うほどに聞き惚れました。また、機会があれば聞きにいきます!

2009年11月11日 おさるさんへ←椛島農園 URL 編集












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