かなり支離滅裂(笑)

1月31日(日)

本の紹介です。

移動中に読んだ一冊。


狩猟サバイバル 服部文祥 著 みすず書房

100131狩猟サバイバル


いつぞやご紹介した 「サバイバル登山」の続編にあたる一冊です。


書評めいたことを書くとまた長くなるし、話題の一冊なのでいろんな方がいろんなところでご感想を書いておられるので、今回は僕はやめておきます。いや、自分なりに感想をまとめるエネルギーが、今日の自分にはないから、という言い方のほうがいいのかな。遅いし、眠いし。でも、それでも、何か書いておきたいという悪癖(笑)。


ひとつだけ、服部さんの「あとがき」に、胸があつくなってしまったことだけ、お伝えしたいです。



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・・・そして最先端の登山から落ちこぼれていく私はもう一度「どうして山に登るのか」と自分に問いかけてみる。体験を積みたいとはどういうことなのか。目の濁ったオヤジになりたくないとは、どういうことなのか―。


深く生きたい、それが答えだ。

生きるとは覚悟である。覚悟とは折れない心である。折れない心とは命あるものの掟である。人生はハッピーエンドで終わらない。私は格好よくなりたい。私が格好いいと思うのは、体験を積み重ねた深い人間である。そして私の自意識が、自分がどこまで深くなれたということを表現しろと私に迫る。

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服部さんにとっては、それが山だった。登るという行為だった。

人によって、それは異なる。

僕は僕で、積み重ねていくしかない。

もっともっと、体験を。経験を。ただ、もう、その積み重ねを。



自意識と戦うということ。

自意識を寛容するということ。

自意識を超えるということ。

越えた先にあるもの。それが、命あるものの掟なのだろうか。



表現する資格をもつおっさんになりたいものだ。

いや、そんなことも気にしないおっさんになりたいものだ。

存在自体が、表現である。そんな人がステキだ。



言葉という衣は、いらないのかもしれない。

言葉を出せば出すほど、思いは軽くなってしまうことだって
あるのかもしれない。



言葉がひとり歩きしていないだろうか。

いつも、どきどきする。恥らう。



それでも、言葉は、勇気をあたえるものだ。

だから僕は言葉が好きだ。

でも、言葉に頼る自分は嫌いだ。

嫌いだけども受け入れるしかないというのも事実だ。

受け入れたら楽になるというのも確かだ。

意識ばかりが、ぐるぐる回る。

回り回り、回ったあとに見えるものは、やっぱり自分だ。

だったらもう、見ていくしかない。





美しい言葉を、使いたい。

そして、書くように、言葉を選んで、喋ることができたら、楽なのになあ
と思ってしまう。

なんで、言いたくもないことを言ってしまうのか。

聞きたいことが、聞けないのか。

黙っていたほうがよい時に、黙っていることができないのか。

一歩引くことができないのか。あるいは、4歩も5歩も引いてしまうのか。





あらゆることが、難しい。

でも、だからこそ、楽しい。

言葉にならないものを、大切にしたほうがいいのかもね。





いろいろ思いはあるけれど、結局は、

ただもう、生きる。ありのまま。いいも悪いもないし、損か得かもない。

深くてもよいし、深くなくてもよい。深くなれるかどうかは、結果にすぎないのかもしれない。

それを、人は開き直りとも呼ぶし、タッカンとも呼ぶのかも。







あ”~、支離滅裂。まいったなあ。いや~、まいった。




諸事情により(笑)、いろんなことを考えた一日でした。
まあ、こんなもんでしょう。

さあ、明日も、しっかり働きますっ!明日も大忙しです。
目の前に、やることがあるというシアワセ。型があるということのシアワセ。
大事なことですね。

も~、わけわかんなくてごめんなさいね。
よしっ、寝ます。おやすみなさいっ。



ちゃんちゃん。


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2010年02月01日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

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