9年

9月13日(月)

雨の一日。最高気温23度。かなりひんやり、秋を感じる一日でした。

事務仕事、こまごまとした雑用、部屋の片付け、出荷の用意、散髪(といっても、バリカンで自分でボウズにするだけ)、といった感じ。あいまあいまの休憩で読書。雨の日は雨の日で、「やることリスト」をひとつひとつ終わらせていくのはなかなか気持ちのよいことです。


秋めいてくると、気持ちにちょっとずつ余裕が出てくるようです。ふと思いつきで「玄米食べよ」と頭に浮かび、午前中にご近所さんに機械を借りて自家米の籾摺りをしてきました。それから、土鍋で炊くこと2回。2升弱の玄米がタッパに小分けされて、冷凍庫に収まりました。こんなことしたのはいつ以来だろうかなあ。

せっかく有機農業で暮らしているもんが、忙しい忙しいとばっかり口にして、白米をろくに噛まずにかき込んでばかりというのも、いまひとつかっこよくありません。お行儀が悪いです。我ながらそう思います。ゆっくりと、感謝しながら、玄米をしっかり噛んで食べるようなおっちゃんになりたい。と、憧れてしまいます。

なので、まずはとにかく形から入ってなくちゃ、です。大事なことです。というわけで、久しぶりに炊いて食べた玄米は、おいしかった。タイミングよく、となりの婆ちゃんから漬物も頂いて、ラッキーでした。こういう、本当にちっちゃなちちゃなことで喜びを感じられる毎日でありたいなあ。


さて久しぶりに、自然観察の写真。

家の庭に、カラスウリが繁茂しています。カマキリが花の下で獲物を待ち伏せしてます。

100911カラスウリ

密をすうナガサキアゲハ。

100911ナガサキアゲハ

スズメ蛾の仲間、ホシホウジャク(だと思います)。

100911たぶんホシホウジャク2

スズメ蛾の仲間のキュートなところは、ストローみたいに細長い口で蜜を吸う姿です。口の長さは種によって異なります。種によって訪れる花も大体決まっており、花のつつの長さにあわせて口の長さが決まるというわけです。はぁ~、虫ワンダーランドですなあ。お互いに、喧嘩することなく、うまいこと棲み分けをしているのですなあ。人も見習わないとね。

蜜をすっている姿。横から。ものすごい速さで羽を動かしてホバリングしています。花からけっこう距離があるこの位置から、口を伸ばして蜜を吸っています。この写真じゃ分かりにくいなあ。うーん、いいカメラがあればっ、と思ってしまいます。カメラのせいにしちゃいかんかな!?

100911たぶんホシホウジャク

アオイトトンボの雌。

100911アオイトトンボ雌




蛇足。

2001年の9月11日から、9年が過ぎました。

あの時僕は、東京で会社勤めをしていました。時は、ITバブル崩壊直後の不景気の真っ只中。大学卒業後、一年近くのアルバイト暮らしの後に「とりあえず就職して社会勉強しよう」と会社に入り、9ヶ月ほどたったところでした。会社は、就職情報サービス大手R社の系列の営業代理店。広告の代理店といえば聞こえはよいですが、営業兵隊部隊みたいな側面ももつ仕事でした。

このまま都会でビジネス社会の隅っこの方で生きていてもしょうがないなあ。都会は都会でいいんだけども、自分には合わないみたいだ。この仕事は、俺の居場所じゃないなあ。世の中にとって必要な仕事ではあるんだろうけど、俺がやるよりも、もっと適性のある他の誰かがやったほうが社会のためだぞ。これからどうしようかなあ、でもある程度は続けないとかっこ悪いしなあ。とはいっても、すさまじい勢いでみんなやめていくぞ、この仕事に今しがみつくことに意味があるのかな、うーん、まいったなあ。

ということばかり考えて外回りに身が入らず、ドトールでサボることを覚え始めた頃でした。甘い物好きの僕がいつも注文していたのは、ココア。あの時のココアは、まるでコーヒーのようになんだかほろ苦かったように感じます。

そんなある日、テレビで目にした衝撃の映像。そして、あくる朝会社に行って感じたある種の虚しさ。「テレビみたか、すごかったなあ。よし、それじゃあ今日もばりばりいくぞ。新規とってこいよ、シンキ~。」腑に落ちない何かを感じながら外回りのために山手線に乗り込み…。

飛行機が、ビルにつっこみ、何千人も亡くなったという事実。そこまでしなくてはならないほどに、マグマのように溜まってしまっていた人々の怒り。そしてそれを生んだ経済システム。格差。それは、複雑な糸をたどっていけば、かならず自分にもつながっているはず。でも、ニューヨークで泣き叫ぶ人の声と、営業部長の「新規とってこいよ」の声を、駅の喧騒の中でどうしてもつなげることが出来ない自分に気づき、はっと目が覚める思いがしたものです。「このままじゃ、まずいぞ。流されちゃだめだ。自分が生きられる場所をみつけよう。」


喉もと過ぎればなんとやら。多くの人がそうであるように、僕も、普段の暮らしの中では、その時の感覚をなかなか思い出せずにいます。でも、毎年この時期には、かならず思い出します。


日常の、些細な心配事。不安。

ああ、種をまくのが遅れた。あとあときつくなるかな。鶏が卵をあんまり産まない。どうやって調整していこうか。事務仕事ミスがあった。クレームを頂くかな。腰が痛い。ずっとこのまま痛かったらどうしよう。あちこちにいい顔しすぎて疲れてるな、俺。まったくしょうがない奴だ。支払いものが多いなあ。ついついいろいろ使ってしまうし、働いている割には、なかなか手元に残らんなあ。などなど。


そんなものは、9年前のあの日の「事実」と比べれば、屁のツッパリにもならない小さなことなのかも。人が生きていくうえで、本当に必要なもの、そうでもないもの、あってもなくてもよいもの、ゆずれないもの。何を恐れているのか。何を望んでいるのか。それらをひとつひとつを確かめてく作業を、時々はしたほうがいいのかも。

毎年、この時期には、そんな気持ちになれます。そういう清らかな気持ちは長続きはしないと分かってしまうのが痛いところですが(笑)。まあ、一歩一歩。気負わず、期待せず、めざさず。やれることをたんたんぼちぼち。ちっちゃなことに喜びを感じながら。「これを実現するために目の前の○○をやる」というよりかは「目の前のこれをやっていたら、○○が実現しちゃってた」という感じで。そして、自分のことでいっぱいいっぱいになってしまうときには、ほんのちょっとでも、心のどこかと時間を、誰かのために空けておく。

というのを、頭ではなく、理屈ではなく、感覚で、できるようになれたらいいなあ。と思ってます。どうしたらそうできるかは、まだ模索中。最近少しだけヒントが見えてきて、嬉しく思ってます。我流の処世術を磨いていくのは、わりと楽しいです。こりゃ、完全にただの趣味ですな。お金がかからなくてよいですわ(笑)。


ではでは。明日も、ぼちぼち、頑張って参りましょう。

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2010年09月13日 ひとりごと トラックバック:0 コメント:2

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カバ先々週はありがとう そしてお礼が遅くなり本当に申し訳ない ただいま久方振りのアメリカでカリフォルニアのサンノゼにいます 学生として2ヶ月前にいたところに今度は仕事としてきているが、こちらの空の方が高く感じるからか太陽光の色が椛の写真に似ているからか、椛のブログはこちらで読む方が幾分しっくり来る様な気がします 何を言っているのかよくわかりませんが、遅くなったお礼のご挨拶までコメントさせていただきました

本当にありがとう

2010年09月15日 よねくら URL 編集

どもども。喜んでもらえれば、こちらもそれだけで嬉しいですわ。
仕事、忙しそうね。こっちも、忙しいけど、忙しさの種類がちがうだろうね。なんだかんだいってこちらはお気楽自営農家だけんね。いろいろ責任も大きくなり、大変なことも増えてるだろうね。よねらしいユーモアでもっていい仕事していけるとよかですなあ。

2010年09月16日 よねへ←椛島農園 URL 編集












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