工事

12月25日(土)

寒い一日でした。最高気温が0度。か、マイナス1度位。冷えました。真冬の寒波到来ですね。

午前中は、お借りしているチェーンソーで、秋口にもらっておいたクスノキの生木を玉切り。昼に、ご近所に卵の配達に行き、午後はひたすら年賀状用意。

親が久しぶりに来ていたこともあり、一日中薪ストーブの火をつけっぱなし。凄い勢いで燃えて消えてゆく薪をみて、「こりゃ~、もうちょい気合をいれて集めんとなあ」と改めて感じました。

明日には年賀状がだいたい終わりそうです。この、先手先手の状況は、当地での4回目の正月ではじめてのこと。かなり嬉しいです。学生時代の後半から、アルバイト暮らし時代にかけて、正月は毎年山に入っていました。人付き合いも丁寧ではなく、筆不精でした。もらった年賀状に返事をだすことしかしなくなり、気がつけばどんどん枚数が減っていきました。

ある年のこと。1週間ほど山に入って、四畳半風呂なしの「島崎第2アパート」102号室に帰宅。雪の水気を吸って重くなった服やテントが詰まったザックを床におろし、ほっと一息。さて、年賀状でもきてるかな、と郵便受けに手をいれてみると、3枚ほどありました。

が、そのすべてがコンタクト屋さんなどからのダイレクトメール的年賀状でした。

ああ、虚しい…。

ちょっと切ない思い出です。

が、今年は約200枚出す予定です。もちろん、いただく枚数も増えてきています。人は、変われば変わるものですね。まあ、やりとりする年賀状の枚数と、その人の「価値」や「人格」は無関係なのものです。枚数が増えていくのは、嬉しいものでもあります。が、用意にかかる時間を考えると、ただ単純に喜ぶ、というものでもありません。なかなかいろいろバランス感覚が問われるところです。

でもね、久しぶりに来ている母のひとことに、「おおっ」と頭が下がりました。

「若いうちは、年賀状ぐらいどんどんださな!」

そうだそうだ。社会生活まっただ中の30台半ば。「年賀状を出す枚数を今年は少し減らすか」というような年齢ではありません。どんどん、ご縁がひろがってゆく波にのっていかないと、もったいないですしね。明日は、仕上げ作業をガンバです。




さて。

ご近所野中さん宅で、納屋の改修工事をしています。

物置として使っていた納屋を、部屋として使えるようにするため、壁や床を張っています。

施工は、天草の簡単生活さん。

ちょこちょこ見に行くたびに、「おおっ、このガラクタで一杯だった納屋が、心地よい居住空間に変化していっている!」と驚きの連続です。

101222のなか邸

101222コータ


何もないところから、何かが生まれる「ものづくり」のわくわくする感じ。

感性という形のないものを縁にして、つながっていく感じ。

自分自身で何でもかんでもやらなくても、お互いの得意分野を仕事として回していけばいいんだ、という感じ。




野中さんのお嬢ちゃんも、毎日楽しそうです。

101222りほちゃん

どう表現していいのか分かりませんが、なんだかすてきなものを感じます。仕上がりが、楽しみです。


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2010年12月25日 日々の暮らし トラックバック:0 コメント:0

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