よれよれ

1月8日(土)

冬晴れ快晴の一日でした。そのぶん、朝はかなり冷え込んで、-6度ほどでした。鶏に水をあげるときに、水入れ表面の氷をかち割ることから朝が始まりました。

いよいよ、明日は去年に引き続き参加の指宿菜の花マラソンです。きついコースという理由もありますが、去年は自己ベストより2時間以上も遅かった散々な結果。で、体力低下を痛感してしまいました。今年は、ちょっとはましなタイムを出せるように、自分に負けないようにしたいものです。

漠然とした憧れではあるのですが、毎年6月に行われている阿蘇カルデラ100キロマラソンにいつの日か出てみたいなあ、と思ってます。自分のタイムがどうこうとか、誰々がどうこうとか、そういうことではなくて、ひとつの生命体としての人間が、一個人が、100キロを走るって、凄いことです。理屈ぬきにあこがれます。

おそらく数百年前の人間であれば、100キロとまではいかなくても、それに近いような体力、生命力をほとんどの人が持っていたのではないかと思うのです。時代は進み、今の我々といったら…。どんどん頭でっかちになり、ああするためにはこうしなければならないということばかりを考えてしまい、視覚から入る表面的な「情報」ばかりに頼っております。生命力はどんどん薄れていっているようです。ネット依存のわが身を省みても、つくづくため息がでてしまうところであります。

でもでも、きっと、僕にも、みんなにも、「まあ、100キロくらいは走れるっしょ」という、生命体としてのDNAがきっと備わっていると思うのです。ただ、眠っているだけだと思うのです。もちろん、それは「走る」という行為である必要はまったくなく、なんでもいいのでしょう。大抵の場合は、今の日本の社会であれば、それは「仕事」という形の何かの活動であることが多いのかもしれません。人知れず成し遂げられているどこかのだれかの努力で、自分の暮らしも豊かになっている、と想像できればちょっぴりあたたかい気持ちになれます。

もちろん、仕事である必要はなく、例えば「子供を育て上げる」とか「病気と闘う」ということでも、なんだっていいのだと思うのです。つまりは、必要な時に、やれる範囲で、自分の出来ることをしっかりとやれているとき、人は、生き物として、輝いていくのだと思うのです。そうしたら、野鳥や森の木々と同じ目線で立てるようになるのかも、なんてことも感じます。とにかくきっと、誰でも、本来もっていると思うのです。すごい、何かをやる力を。それを阻む「常識」や「思い込み」をなくして、努力さえできれば、人の力は凄い、と思うのです。そういう意味で、「農家」である前に、そういう「百姓」でありたい、とも思っています。

そんなこんなで、「税金を支払って、民主主義政治、経済社会、国家に属している市民」としての個人であると同時に、「一生命体としての個人」という存在でありたい。時々、強くそう感じます。そうすると、例え何かにとらわれている時にでも、ふっと、いろんなことが楽になるから不思議なものです。




と、ちょっとかっこつけたことを書いてしまいましたが、現実はヨレヨレ素人市民ランナーです。42キロをゆっくりゆっくり、というのが精一杯です。ああ、こんなこと書くんじゃなかった、と、走った後に後悔している可能性はかなり高いなあ…。

それに、まあなんというか、猪突猛進ですな。みんながみんな、こんなんだったら、しんどいなあ。きつい世の中になっちゃいそうだなあ~。もっと、ゆるく、「なんくるないさ~」といつも口にしているようなおっちゃんになりたいが、それもこの性格だと難しいよなあ…。まっ、しょうがない。社会や家庭をゆる~く、リラックスさせる役割は、他の誰かがやってくれるということにして、僕はこのままのスタイルでいけるとまで突っ走ってみることにしてみます(笑)。




んん、今日はちょっと「感受性ゆたか君」かな。文がとまらないし感じがしています。それに、「あ~、結局おれはなにをいいたいのだ~」と書きながらに感じてしまっているシリメツレツモード…。まっ、いっか。


今週は、正月休みの反動で、出荷がてんこ盛り。セット野菜を週に30箱、1人でこなすと、やっぱり疲れます。けっこう、それだけでぐったりしました。でも、このおかげで生活ができているわけであり、うれしい悲鳴と思わないと罰があたります。「いつまでも、こういう農業は続けられんよなあ。ちょっときついなあ。さてさて、どうにかしていかないかんけど、どうしようかなあ」「野菜作りは楽しいのだけど、量に負けそう」「出荷、箱詰めは神経を使うのでどうしても疲れてしまう」という気持ちは、確かにあります。気を許すと、そういう言葉が、つい口からこぼれてしまいます。

でも、いつも、いってしまった後に、葛藤がおこります。
「仕事なんだらきついのは当たり前。ぶつくさいわず、自分のためじゃなく、人とのつながりのなかでいい仕事をしていくことだろ」「どうしよう、じゃなく、さてはて僕はどうなっちゃうんだろ~楽しみ~、だろ」と、ポジティブな反論を自分に言い返してみます。「まあ時々はそういう弱い気持ちを人にこぼすのも人間くさくて、おかげで人とつながれるんじゃないか」とか、あれこれ考えてしまいます。

ああ、人という存在は、よわっちいものですね。まったく。困ったもんだ。

でも、そんな弱い存在でも、とりあえず、100キロといわんけど、42キロを走れるぐらいには強い、はず。と、思って走りたいものです。




そして、今日は、地区のどんど焼きでした。

竹の切り出し、組み込みが、けっこうハードワークでした。

110108どんどや2

でも、こうやって、地区の人が寄り合う光景、とくに子供たちが楽しそうにしている姿は、理屈ぬきに、いいものです。近所の子供たちとも、だいぶん顔なじみになり、「かばく~ん」と、なついてこられると、やっぱり顔がほころんでしまいます。つい、いそいそとサツマイモを銀紙でくるんで焼いてあげたりしてしまいます。ほとんど、「寂しがりやの近所のおっちゃん」と化してしまってますわ(笑)

110108どんどや

そんなわけでちょっと疲れました。なんだか、ヨレヨレになってちゃんと走れなかったときの言い訳を前もってしているような文章になってきましたなあ。



ちなみに、友人から先日教えてもらったヨレヨレというバンドが、最近のマイブーム。

いっつも動き続けて、無理をしてしまうカバシマにとって、この、ゆるさがたまりません。はまってしまいました。お勧めです。

youtube YoLeYoleの 星降る橋

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2011年01月08日 音楽 トラックバック:0 コメント:0

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