野焼き

2月27日(日)

朝は晴れ、午後から雨の一日でした。

お昼過ぎまで、地区の野焼き作業に参加しました。

110227野焼き

阿蘇地方は、広大な草原で有名です。美しい景観、牛馬の餌、堆肥や屋根材のための萱、貯水機能、などなど。草原の恩恵は多大なものです。阿蘇の草原は、毎年春先に人が火をいれることで維持されている、二次的な自然です。

うっそうとした森などの原生自然は、完璧なまでの美しさと、時として人の暮らしなど拒んでしまう厳しさを併せ持ちます。それに対して人が手をいれてきた里山では、もっと穏やかな、ぬくもりや、ほっとする何かを強く感じられます。阿蘇地域の草原は、大きな大きな里山、といったところでしょうか。でも、それを維持管理するのは、なかなかの大仕事です。農村の高齢化や畜産農家にとっての厳しい環境から、野焼きのための人手不足がいわれて久しくなります。

地区によっては、都市からのボランティアさんを受け入れ、お力を借りておられるところもあります。課題は山積みですが、よりよい方向を目指して、いろんな立場の方が、議論と試行錯誤を重ねておられます。その恩恵があっての、椛島農園の「阿蘇の大地で育った野菜」というブランドイメージ(大げさか!?・笑)です。やらせてもらえることはやっていかんと申し訳ないなあ、とも感じます。


さてさて。うちの地区の牧野は、放牧の牛のための牧草を植えています。ススキが優先的に生えている「原野」に対して、「改良草地」と呼ばれています。

毎年火を入れるのは、牛につくダニの駆除や、放置しておけば森林へと戻っていく草地を維持管理するため、とされています。しかしながら、「改良草地」の放牧地では、牛によってしっかりと草が食べられており、燃やすほどの背丈の草もほとんど目につかないこともあります。

通常、牧野の火入れでは、ごうごうと燃え盛る草が飛び火しないように、点火の方向やら火消し作業やらで気合と技が必要になるようなのですが、うちの地区ではそういう雰囲気ではありません。なんだかせっかくの年中行事なのだから、パーッと派手にやりたいのですが、そうもいきません。困ってしまいます。あわただしく走り回るような、息が切れるような野焼きがしたいものです。待ち時間ばかりの、ぽわーっとした時間が流れる野焼きは、ちょっとしんどいなあ。集合時間に集まっても、まだ朝露で草が湿っており、なおさらに燃えにくいという状況。そしてみんな異口同音の「燃えんなあ~」。

でも、こういう野焼きであっても、農村の共同作業には、いろんな意味合いがあるのだろうと思います。お互いの顔を合わせて時間を共有していくような場がないと、実際のところ安心してすめる地域を作っていくということはなかなか難しいのかなあ、とも感じます。

野焼きももう5回目の参加。なんだか、気がつけばすっかり阿蘇暮らしにも慣れてきたなあ、と思った一日でした。なんでも慣れてきた頃に落とし穴があるものです。当たり前のことを当たり前と思わずに、暮らしていかにゃならんですなあ。

というわけで、「野焼きに参加させてもらってありがとう、という感謝の念」と「もうちょっとなんとかしていきましょうよ~、という向上心(欲ともいえます・笑)」とのバランスを程よくとっていきたいものです。なんてことを煙に巻かれながら感じた初春のひと時でした。

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2011年02月27日 日々の暮らし トラックバック:0 コメント:0

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