夜峰山

阿蘇や久住地方では、野焼きを毎春行っています。

野焼きとは、草原を維持するために、火を放つことです。そうすることによって、自然状態では森にもどっていく植生を草原状態で維持することができます。

畜産の飼料のための草をとるため、そして観光資源である景観の維持のため、生物多様性保持のため。いろいろと、草原維持の意味付けはなされています。

気温が高く、降水量が多い九州では、数十年で森に戻ります。その地において、なんと千年も、人為的に守られてきた草原。これは凄い文化です。人と自然の共生のひとつのモデルであると思います。

近年、畜産農家の減少、集落の人手の減少、などにより、この草原維持が難しくなってきてます。草をバイオマスエネルギーに用いたりするなど、草原資源の新たな活用法も模索されています。

草原を守るべきか否か、森に戻すべきところは戻すべきなのではないか。この種の議論は、阿蘇にかかわる人が、真剣に考えていかねばならない命題だと思います。そして、阿蘇にとどまらない、普遍的なテーマだとも思います。阿蘇の草原には、「人と自然の関係」を考えるヒントが詰まっていると思うのです。

そんなわけで、我が家の目の前にある、「夜峰山」の、来春の野焼きのための準備が始まりました。この時期に行われる準備としては、春に火をいれる原野を取り囲むように、ぐるりと防火帯を作ることです。今の時期にあらかじめ草を刈って、さらに火を入れておくのです。この「輪地切り・輪地焼き」の作業が大変な労力を要するので、野焼き放置地が増えているようです。

夜峰山です。

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阿蘇の火山の端っこに位置する小さなピークです。南斜面が、草原となっています。綺麗です。でも、放牧するにも、草を刈り取るにも斜面が急すぎます。果たしてここを焼く意味はあるのか、景観維持のためだけに焼くのか、森に戻してはだめなのか?いつもこの斜面を眺めながら考えてしまいます。

別の角度から。

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ピークのすこし下に伸びる帯状の線。これが、「輪地」と呼ばれる防火帯です。幅は10m位だそうです。(これだけうんちく書いておいて実際に見ていないから笑えます)これを、草刈機で切る。ものすごい労働です。敬服です。

本当はもっといろんな現場に顔を出して、この問題にかかわって学んでいきたいなあ、と思っております。が、今のところ僕の生活は、アオムシとの付き合いや、野菜の箱詰めに時間がかかり、なかなか家と畑とホームセンター、種屋さん、お客さんへの配送、以外の場所に行く余裕がない(苦笑)まあそのうち状況が変わるでしょうけど。

現場の状況を知らないで、かつ勉強不足で、うんちくを言うのは、そうですねえ、たとえばサッカーを良く知らない人が、「これだからオシムはだめなんだよ」といっているようなもの。(心当たりのある方、ごめんなさい)それは十分に自覚しておりますが、まあ、ちょっとしたぼやき、独り言としてブログに書くくらいは許されるのではないのかと、思って書いてしまいました。




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2007年09月23日 ひとりごと トラックバック:0 コメント:0

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